抄録
流れ山地形は,岩屑なだれの流動を解釈するための重要な地形であり,その地形学的な意義を吟味することは,巨大山体崩壊の実態を探る上で有意義である。本研究では,那須火山・観音川岩屑なだれを対象に,流れ山の縦断分布特性を検討した。観音川岩屑なだれは福島県南会津郡下郷町の観音川沿いに分布し,約1.7万年に那須火山群北西部の観音山で発生した山体崩壊に由来するとされる。岩屑なだれ堆積物は1.5-2kmの幅で観音川の河谷を埋めるようにして分布しており,その分布範囲は,給源とされる観音山から約10kmにわたって「舌状」の平面形を呈している。このことにより,筆者らがこれまでに検討してきた「山麓拡散型」の岩屑なだれとは異なる,「谷埋め型」岩屑なだれの例として位置づけられる。
本研究では,空中写真判読により流れ山の分布状況を把握した。そして個別の流れ山のサイズと流走距離を求め,両者の関係を示す回帰式を得た。
その結果,観音川岩屑なだれの流れ山は日本における山麓拡散型の諸事例と同様に,流走距離に応じてそのサイズを指数関数的に減衰させることが判明した。また,回帰式(A = α exp(−β D))の係数は,α=15312.9,β=-0.000294であった。β値は岩屑なだれの等価摩擦係数と,α値は崩壊量と相関関係にあることが明らかとなっているが,この観点では,観音川岩屑なだれのβ値は等価摩擦係数に対応した値となっており,α値についても崩壊量に応じた値が得られていると判断できる。
より詳細にみれば,崩壊量および等価摩擦係数がほぼ同じクルミ坂岩屑なだれの大沼ローブ(北海道駒ケ岳)と比較すると,観音川岩屑なだれの流れ山はやや小さい。この点に,岩屑なだれが流下した地形場の影響をみることができると考える。大沼ローブのような山麓拡散型のものとは異なり,谷埋め型岩屑なだれでは,その流動および堆積に際して側方の制約を受ける。その結果,給源から末端まで岩屑なだれの厚さが保持されやすいと考えられる。流れ山は地表に露出した山体の破片(ブロック)およびその集合体の一部分であることを踏まえると,岩屑なだれが厚いほどブロックの露出は限られる可能性が高い。そのため,山麓拡散型岩屑なだれに比べて谷埋め型岩屑なだれでは,回帰式のα値が小さくなりうると考える。