抄録
ハイキングは自然観光地での一般的なレクリエーション行動であり,ハイキング体験における満足度形成に関する研究は,観光地の管理・計画のための基礎的研究として数多く蓄積されてきた.しかし,ハイキング体験における満足度の形成要因をシークエンスによって説明した研究は少ない.本研究ではハイキング利用者の1日の体験から,観光心理のシークエンス変化を分析し,それらの特徴と公園環境との関係について考察する. 調査日は2011年5月3日で,調査地は秩父奥多摩甲斐国立公園の御岳山,日の出山,つるつる温泉を順に巡るコースである.当日は大学生14人を対象に,ハイキング行程全体のうち7地点で計7回のアンケートを行った.アンケートの内容では,評価地点における心理状態17項目(魅了,退屈,挑戦,混雑,楽しい,興奮,期待,失望,疲労,孤独,やる気,喜び,安らぎ,憂うつ,緊張,驚き,興味)それぞれを5段階評価してもらった.心理評価データに対しMDSを使用し,それぞれの心理項目間の類似性・非類似性を計測し2次元座標に求めた.MDSによって個体間の類似性・非類似性を視覚的に把握することができた.次に,心理項目のデータをクラスター分析により5つのクラスターに分け,各クラスター別に各心理項目の平均値のシークエンスの特徴をみた.クラスター1(魅了,楽しい,喜び,疲労)は行程初期から徐々に上昇して日の出山の山頂到達時にピークに達するが,下山時に一次的に下がる.しかし,温泉施設の利用で再び上昇し,バス乗車で帰りの駅に到達する間に大幅に下降していた.クラスター2(興奮,期待,興味)は,同様に日の出山の山頂まで上昇し下山時に下降するが,温泉利用時には上昇せずにそのまま下降する傾向にあった.クラスター3(挑戦,やる気,驚き)は行程初期には値が比較的高いが,全体的に下降する傾向にあった.クラスター4(退屈,失望,孤独,憂うつ,緊張)は他のクラスターに比べて,行程全体で値が低い状態が連続していたが,日の出山の下山時に全ての心理項目の値が上昇した.クラスター5(安らぎ,混雑)は,2つの感情の動きが同じ箇所と相反する箇所がみられた.以上のように,ハイキング体験における感情の動きは一様ではなく,それぞれに独自のシークエンスパターンを形成していく.