抄録
将来の環境変動予測を行う上で、「未来の鍵」となる過去の気候・環境復元の研究はますます重要な役割をもつようになっている(例えば、Jansen et al., 2007)。そのような背景の中でも高い時間分解能があり、定量的な復元が可能なコア研究(氷床コア、海底堆積物コア)が古気候・古環境復元の手法として全盛の現代において、この分野における地形学(特に古環境復元のための地形発達史や気候地形学)の役割はすでに終わったと見なされることも多い。しかし、地球惑星科学の中での古環境研究において、絶対に「地形学的手法」を用いることでしか得られないデータが少なくとも2つある。そのひとつは、氷河地形地質学的手法に基づく氷床の拡大・縮小範囲(場合によっては氷床高度と氷床底面環境)の歴史の復元であり、もうひとつは海岸地形地質学的手法を用いた陸と海との相対的な位置関係(相対的海水準)の歴史の復元である。
地形学によって得られる、この2種のデータは、固体地球の粘弾性モデルや古海洋学・地球化学のデータと組み合わせて解析することによって、氷床体積や世界各地の海水準の変化史を提供し、新生代の地球規模の環境変動に果たす氷床変動の意味と役割を明らかにし、地球の環境変動システムをより具体的に明らかにすることに貢献することができる。さらに、極地の氷床の変動は、海水準変化とアイソスタティックな固体地球の変形によって、地域ごとに異なる地形基準面の変化をもたらすとともに、近年進展した氷期-間氷期サイクルの新しい概念の枠組みの中で、大気・海洋を通じたテレコネクションによる世界各地の第四紀の気候変動においても重要な役割を果たすと考えられるようになってきた。したがって、極地の氷床変動史と気候変動に関する知見の増加は、地形プロセス研究の進展と相まって、これまで定性的な段階に留まっていた世界中のあらゆる地域の気候地形発達史の考え(例えば、ビューデル, 1985)を、より定量的に組み立て直すことに貢献したり、地形プロセスの歴史的な変遷や、地域の総合的な自然史を、より具体的に説明する上での基本的な知識を提供することにもつながるに違いない。
本発表では、最初に、これまで行ってきた南極大陸露岩域における氷河地形や海岸地形を用いた地形発達史研究の例を報告する。次に、これらの地形データと固体地球物理学(特にグレイシャルハイドロアイソスタシーの効果)や地球化学データと組み合わせる研究方法とその成果を説明し、現時点で考えられる後期新生代・第四紀の気候変動・環境変動に果たしてきた氷床の役割と意義、および今後に残された課題について紹介する。このことによって、「氷床の地形をさぐることは、山好きの地形屋の趣味的なテーマではなく、すべての第四紀学の研究者にとっての重要なテーマ」(岩田, 1988)であることを、具体的に示したい。
<文献>
岩田修二 1988. 第四紀研究, 26: 342-343.
ビューデル, J. 著, 平川一臣訳 1985. 『気候地形学』古今書院.
Jansen, E. et al. 2007. Palaeoclimate. In Climate Change 2007. Eds. Solomon, S. et al.: 433-497.