抄録
I はじめに
阪神大水害では,1938年7月に発生した豪雨により,土石流や河川の氾濫が引き起こされ,神戸市などに多大な被害が及んだ.本研究では,阪神大水害に関する災害地図や災害統計を用いて,神戸市域を対象に,被害の有無や程度の地域差に関する要因を回帰モデルを用いて定量的に分析した.
II 研究の方法
まず,『神戸市水害誌附図』に添付されている「神戸市災害概況図」をもとに,GISを用いて被害データを作成した.この概況図に示される被災地域は被害の程度ごとに区分されている.
次に,被害の有無や程度の地域差に影響を与えたと考えられる,地形や標高,傾斜,河川からの距離の自然要因に関するデータと,人口密度や世帯密度,要保護世帯率,市街化時期の社会要因に関するデータを作成した.その作成には,地形図や土地条件図などの地図資料,および国勢調査や『要保護世帯の生活状態調査』の統計資料を用いた.これらは,被害の地域差を説明する回帰モデルの独立変数を構成する(表1).
回帰分析にあたっては,上記の被害や要因に関する数値データを統合したポイントデータをサンプルとした.このポイントは国土数値情報の3次メッシュ1/10細分区画(100mメッシュ)の重心点であり,分析の範囲は1930年当時の市街域に100mメッシュが完全に含まれる区域とした.ただし,1930年当時水域であったポイントは除外した.分析ではすべての変数について欠損値を持たないポイントのみを採用し,統計解析を行った.そのため,1930年当時の市街域に含まれるポイント数は2456個であるが,そのうち解析に使用できたポイント数は1817個(74.0%)であった.
III 結果・考察
(1)被害の有無に関する要因分析の結果:被害の有無(被害あり=1,被害なし=0)と自然・社会要因との関係を検討するために,被害の有無を従属変数とする二項ロジスティック回帰モデルを用いた.その際,被害の有無に対して各独立変数の係数が有意であるか否かをそれぞれ検討し,有意な係数のみを用いて強制投入法による二項ロジスティック回帰分析を行った.その結果,5%水準で有意な7変数(city2,disriver,hogorate,geo4,geo5,geo6,popden)が抽出され,これらが被害の有無に対して影響を与えていることが分かった.7変数のうち,city2,disriver,hogorateの係数は負の値を示し,残りの4変数の係数は正の値を示した.
(2)被害の程度の地域差に関する要因分析の結果:被害の程度(浸水区域=1,土砂床下侵入=2,家屋半壊または土砂床上侵入=3,家屋全壊または流出=4)と自然・社会要因との関係を検討するために,被害の程度を従属変数とする順序回帰モデルを用いた.その際,被害の程度に対して各独立変数の係数が有意であるか否かをそれぞれ検討し,有意な変数のみを用いて強制投入法による順序回帰分析を行った.その結果,5%水準で有意な9変数(elevation,city2,city3,city4,geo2,geo5,geo7,disriver,setaiden)が抽出され,これらが被害の程度の地域差に影響を与えていることが分かった.9変数のうち,elevationの係数は正の値を示し,残りの8変数の係数は負の値を示した.
これらの結果のうち,要保護世帯率が高いほど被害を受けない点と開港から明治中期までの最も早く市街化された地域で被害の程度が大きくなる傾向にある点は,これまでに指摘されてきた都市における水害の傾向とは異なる結果である.先行研究においては,要保護世帯率が高いような貧困地区および相対的に新しい時期に市街化された地区は,河川沿いなどの居住条件の悪い場所に立地し,水害に遭いやすい傾向が指摘されてきた.しかし,神戸市における要保護世帯率の高い地域は,市街地の拡大にともなう河川の付け替えによって,新しく流路となった河川沿いに立地していた.そのために,被害が旧流路沿いで発生した阪神大水害においては被害を免れ得たと考えられる.また,宇治川に沿った谷地形が神戸三宮間の中心市街地付近に達している特有の地形条件が,中心部での被害を大きくした要因として考えられる.このように,阪神大水害における被害の地域差の要因としては,立地や都市化過程における神戸市特有の特徴を指摘することができる.
