日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 607
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カナダ太平洋鉄道への日本人契約移民
1910年3月のロジャーズ峠雪崩被災者からの考察
*河原 典史藤村 知明
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抄録
はじめに
 1910(明治43)年3月4日、カナダのブリティッシュ・コロンビア州のロジャーズ峠(Rogers Pass)で発生した雪崩によって、カナダ太平洋鉄道( Canadian Pacific Railway、以下CPR) の除雪作業にあたっていた58名が犠牲となった。その過半数にあたる32名は、日本人の契約移民であった。静岡県の7名を筆頭に被災者の出身地は、福井県や宮城県などの特定地域に限定される。カナダ移民の最多数を占める滋賀県出身者は2名、カナダ水産史に大きな軌跡を残した和歌山県出身者は、皆無であった。つまり、先行研究が看過してきた鉄道契約移民の追及が、かかる悲劇の解明を契機に着手されるのである。
 第二次世界大戦以前、カナダへ渡った日本人の就業は、出身地によって特定の業種に集中する傾向があった。漁業には和歌山県出身者が多く、製材業や商業には滋賀県、伐木業では熊本県の出身者の占める割合が大きかった。しかしながら、これまでは鉄道保線工として従事した日本人移民については、ほとんど報告がなかった。人里離れた山奥での保線作業は想像以上に厳しく、多くの日本人宿舎も粗末で貨車が充てられることも少なくなかった。さらに、冬~春期の除雪作業には、雪崩災害の危険性があった。そのため、日本人移民は、契約期間が終了すると、前述の漁業や製材業などへと転業する場合が多かった。
 しかしながら、2010年3・8月に報告者2名が携わった雪崩事故100周忌式典まで、事故の詳細はもちろん、多くの鉄道契約移民の存在は明らかにされてこなかった。契約が満了後、なかにはその前に転業や帰国するものが多く、その活動記録、特にオーラルデータが残っていないからであろう。
 本発表では、カナダ日本人移民史研究が看過してきた鉄道契約移民をめぐって、20世紀初頭における日本・カナダ両国の移民政策を背景にした輩出・受容構造、さらに渡加後の転業過程について、歴史地理学的アプローチから明らかにする。
研究方法と結果
 鉄道契約移民史の解明には、カナダでの受容と日本からの輩出を双方から説明しなければならない。そこから、本発表では、以下の研究方法を採る。
1:日本・カナダ両国における契約移民会社の成立
 20世紀初頭のカナダでは、全通したばかりのCPRでは保線工が不足してい  た。『加奈陀同胞発展史』(1909)をはじめ、バンクーバーの日本語新  聞社・大陸日報社が発行した報告書、ならびに外務省外交資料館蔵「海外 契約移民会社関係資料」などによれば、かかる状況のなかアメリカで北太 平洋鉄道会社の日本人請負業に従事した福井市出身の後藤佐織は、1906  (明治39)年にバンクーバーで日加用達株式会社を設立した。そして、  1898(明治31)年に設立された東京移民合資会社を経て、翌年におよそ  1,000人の 鉄道契約移民が日本から受け入れられた。
2:日本の特定地域からの輩出構造
 外交史料館所蔵の「明治40年移民取扱人を経由セル海外渡航者名」には、 東京移民合資会社による約1,000名の鉄道契約移民が網羅されている。同資 料に記された出身地から、自由移民とは異なる契約移民の輩出地域が読解 される。つまり、1907年5月から9月にかけて、鹿児島県から199名、福井 県・156名、宮城県・120名、沖縄県151名、静岡県90名など、約1,000名が 3年間の鉄道契約移民としてカナダへ渡ったのである。ただし、同資料は 県レベルまでの記載にとどまるため、『加奈陀同胞発展大鑑・附録』   (1922)により出身地について市町村レベルを検討した。例えば、福井県 では若狭地方、静岡県では旧・清水市周辺など、特定地域に集中する傾向 が読みとれた。
3:CPRでの保線工の組織
 日本語新聞『大陸日報』には、事故当時の遺体捜索・発見・移送・葬儀が 日々掲載されている。この新聞を精査すると、保線工はいくつかのグルー プ(組)に分かれていたことが読解できる。その1つは、長野県小縣群滋 野村出身の阿部正虎をリーダーとする組(ギャング)である。1885(明治 18)年に生まれた阿部は、先に「研学」目的で渡航した実弟・孝之を追っ て、1907年3月に同じく「研学」目的でカナダへ渡った。日本では小諸義 塾で島崎藤村から英語を学んだこともある彼は、やがて長野県東部出身者 を中心とする「阿部組」のリーダーになった。つまり、先発者や日本で修 学の機会を得た日本人は英語を理解できたため、後発の契約移民のリーダ ーとなったのである。  
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