抄録
1.はじめに
私たちは普段,ある空間的隔たりに対して「近い」,「遠い」といった言語表現をほとんど意識せずに使用するが,どのようにして,そのような定性的な距離評価を行っているのであろうか.本研究は,従来の認知距離研究で扱われることの少なかった,都市空間における定性的な距離評価(以下,「質的な認知距離」と呼ぶ)の性質を明らかにすることを目的とする.
2.研究方法
本研究では,金沢大の学生181人に,自宅と金沢市内もしくはその近隣地域に位置する施設の空間的隔たりの質的な認知距離を評価してもらった.質的な認知距離は,行動の文脈(どのような人が,どのような移動手段で,どのような経路を通り,どこへ行くか)に左右される.そこで,日常的な移動行動を想定して回答してもらい,それに関連する文脈の影響を調べた.また,認知言語学の経験的実在論に基づいて,身体周囲の空間が質的な認知距離の最良例(prototype)となり,それとの類似性によって大規模な空間の質的な認知距離が比喩的に概念化されると仮定し.そのもとで,学生の質的な認知距離と日常的移動行動の文脈との関連性を検討した.
3.質的な認知距離の分析結果
質的な認知距離と日常的移動行動の文脈との関連を分析した結果,以下のことが明らかとなった.
頻繁に利用する施設は「近い」と感じやすく,ほとんど訪れることがない施設は「遠い」と感じやすい.実距離と質的な認知距離との関係を見てみると,車などの可動性の高い乗物を所持している学生は,実距離に対して質的な認知距離の変化が緩やかである.逆に乗物を何も所持していない学生の場合,質的な認知距離の変化が急である.また,居住地が都心部付近の場合,実距離の増加に対して質的な認知距離は緩やかに変化する.市の縁辺部の場合,質的な認知距離は変化が急である.
4.都市の行為空間における質的な認知距離に関する考察
質的な認知距離によって都市内の行為空間(action space)は,訪問頻度が高く,直接接する機会の多い「近接相」と,訪問頻度が低く,情報はもっているがほとんど接することのない「遠方相」に分けられると考えられる.これらの空間は,身体周囲の狭小な空間と比喩的に関連づけられる.質的な認知距離が訪問頻度,モビリティ,居住地といった文脈に左右されるのは,それらが「近接相」,「遠方相」と強く関係するためであると考えられる。