抄録
中海は,島根県と鳥取県の境に位置するわが国有数の汽水湖であり,平均水深およそ8.4mという浅海域が広がる特徴的な自然環境を有している。また,1963年に着工,2002年に中止が決定した国営の干拓・淡水化事業でも有名である。この事業は,およそ2,230haにおよぶ農地の造成と農業用水の確保を目指したものであり,干拓に伴う埋め立てと堤防・水門の建設,浚渫などの大規模な土木工事が進められ,中海の自然環境は著しく改変された。そのため,現在では,漁獲量と漁業従事者ともに減少し,中海の漁業は衰退傾向にある。しかしながら,干拓・淡水化事業が実施される以前は,ケタを使ったアカガイ(サルボウ)の採捕,オゴ(オゴノリ)の採集,手繰網によるオダエビ(イサザアミ)・ヨシエビ漁,刺し網によるゴズ(マハゼ)・アマサギ(ワカサギ)・フ(シラウオ)漁,沿岸水域でのマス網漁,千尋網と呼ばれる地曳網漁など様々な魚介類・藻類を対象とした多様な漁撈活動が行われていた。これらの漁撈活動の背後には,漁民たちが構築してきた独自の中海に対する主体的な環境認知を見出すことができる。例えば,インフォーマントは「ヨレエビ」という言葉をよく口にした。これは梅雨時にヨシエビが大量に集まり移動する(ヨレル)ことを指す。梅雨の大雨によって隣の宍道湖から中海に真水が流入し,これに押されるようにヨシエビが本庄の海域方面に移動してくる(サガル)という。この時,ヨシエビは中海の中でも比較的深い場所,すなわち「フカミ」と呼ばれる場所をとおるため,そこを狙って漁を行う。このように,インフォーマントは対象魚種の生態や海底地形,気象条件などの様々な知識を駆使しながら,漁場の選定や漁期の判断等を行っていた。本発表では,このような漁撈活動とこれに関する漁民たちの民俗的知識を手がかかりに,彼らが中海の自然環境をどのように認識しているのかを考察する。