抄録
1. はじめに
わが国において,2011年8月に閣議決定された「第4期科学技術基本計画」では,「地域イノベーションシステムの構築」が政策指針の一つとして明記された.また,2011年度より,文部科学省・経済産業省・農林水産省が連携して,「地域イノベーション戦略推進地域」が選定され,地域イノベーションを支援する政策的枠組が構築されているところである.地域イノベーションシステムの構築には,地域が持つ強み,多様性や独自性,独創性を積極的に活用していくことが重要である.産業集積のもつ特性と,大学や公設試・地方自治体の特性とを相互補完的に,有機的にリンクさせることが求められている.本発表では,古くからの産業集積地域において特色ある産学官連携の取組が行われている新潟県燕・三条地域,山口県宇部地域,福岡県北九州地域の3つの事例研究をもとに,産学官連携の進展に当たって,産業集積や大学・公設試・地方自治体の特性がどのように活かされたのかという点に着目して,産業集積地域の地域イノベーションの実態を検討した.
2. 新潟県燕・三条地域と長岡技術科学大学
金属加工産地である燕・三条地域は,これまで鉄,ステンレス,アルミニウム,チタンのように時代とともに取り扱う金属を拡大し新たな加工技術を獲得してきた地域であった.燕・三条地域では,従来,地元中小企業の自助努力のほか,公設試「新潟県工業技術総合研究所」や「燕三条地場産業振興センター」が,中小企業の技術力強化に努めてきた.2000年代前半,新潟県は「地場産業振興アクションプラン」を県内の地域単位で進め,地域の実情にあわせた産学官連携を進展させてきた.燕・三条地域では,新潟県工業技術総合研究所と長岡技術科学大学が開発したマグネシウム合金の技術シーズを活かした産学官連携が進展した.長岡技術科学大学では,マグネシウム合金に関する一貫した研究開発を進めるため,2005 年に高性能マグネシウム工学研究センターが設置された.この地域の取組は,新しい金属素材に挑戦することにより,技術力を蓄積してきた産業集積の経路依存性に適合するものであった.
3. 山口県宇部地域と山口大学
山口県宇部地域では,化学,建設資材,機械プラントのメーカー「宇部興産」を中心とする企業城下町型の産業構造が形成されていた.2000年前後から,山口大学工学部・医学部で医工連携の機運が高まり,自治体もこの動きと連動した取り組みを進め,インキュベーション施設の建設や研究開発助成金制度を創設した.「知的クラスター第Ⅰ期」では,山口大学の技術シーズを活かしてLED を用いた医療機器開発を目指した.しかし,地元企業の多くは,化学や建設資材の運搬用品製造や機械プラントの製造下請に従事してきたため,LED に関する技術シーズのある企業は少なく,山口県内には必ずしも十分な波及効果が及ばなかった.このため,知的クラスター第Ⅰ期の後継となる「知的クラスターグローバル拠点育成型」では,対象となる地域を拡大し,県内大手化学メーカーの部材を活用できる研究開発に切り替えた.
4. 福岡県北九州地域と九州工業大学
福岡県北九州地域では,1970 年代以降,鉄鋼や化学産業が伸び悩むとともに,研究開発機能の域外移転・頭脳流出が進んだことにより,地域経済は停滞していた.このため,1990 年代以降,北九州市は,「北九州ルネッサンス構想」で示された学術研究都市を建設し,頭脳機能を取り戻すための取り組みを進めてきた.「環境」や「情報」をキーワードとする学研都市の整備には,知的クラスター第Ⅰ期・第Ⅱ期を契機として,環境・情報をキーワードとした人材育成・研究開発が進められた.地元企業が設立した私立学校を前身とする「九州工業大学」が,近隣の九州大学との差別化を図りながら,建学の理念である実学や地元重視を強調し,それが実際の産学連携活動に結びついている.学研都市開設にあたって新設された大学学部・研究科の教員のうち半数近くが企業で研究開発の経験がある教員であることにより,産学官連携が進みやすい状況にある.