抄録
●研究の背景と目的
津波堆積物の空間分布は,津波の最小の遡上範囲を推定する重要な証拠である(Jaffe and Gefenbaum 2002).近年発生した規模の大きい津波において,遡上距離が2 kmを超えることは非常に稀であり,これを超える場合の遡上距離と津波堆積物の分布限界の関係は明らかでない. 東北地方太平洋沖地震に伴う津波の内陸への遡上距離は,仙台平野において,河川遡上を除くと最大で約5 kmと報告されている.遡上距離と堆積物分布限界の関係を明らかにすることで,津波堆積物の分布範囲に基づいて行われている古津波の波源や古地震の断層モデルの推定精度を向上させることができる. 本研究の目的は,東北地方太平洋沖地震津波による津波堆積物の堆積プロセスや堆積学的な特徴を仙台平野周辺で調べ,遡上距離と津波堆積物の分布限界の関係を議論し,さらには869年貞観津波による堆積物の分布との比較を行うことである.
●研究手法
本研究では,仙台平野周辺において,測線距離が0.6-4.0 kmの8測線を設定し,2011年4月,6月および8月に調査を行った.各測線の海側端点は汀線とし,陸側端点は現地で決定した.各測線上で,約10-340 m間隔に合計183地点でピット掘削を行った.各ピットでは,津波堆積物の層厚,粒度,堆積構造の記載を行った.
●津波遡上距離と砂層分布限界の関係
貞観津波に伴う砂層について,地層中で認識可能な層厚を菅原ほか(2010)は0.5 cm以上としているため,各測線において,層厚0.5 cm以上の砂層の分布限界に着目した.各測線の層厚0.5 cm以上の砂層の分布限界は,海岸線から0.59-2.99 kmであった.菅原ほか(2010)は,仙台平野での貞観津波による層厚0.5 cm以上の砂層の分布限界を,推定した当時の海岸線から,3.0 kmとしている.貞観津波当時と東北地方太平洋沖地震津波時は土地条件などが異なるため,両津波による砂層の分布を単純に比較することは難しいが,層厚0.5 cm以上の砂層の分布限界が類似した値を示すことは大変興味深い.遡上距離が3 km以上の3測線における遡上限界は,層厚0.5 cm以上の砂層の分布限界と比べて1.02-1.73 km陸側であることから,貞観津波の遡上限界も従来の推定よりさらに内陸だった可能性がある.