抄録
韓国農村では,伝統社会において長い歴史を持ち,一つの精神と共同原理によって成立する社会的統一体,すなわち香徒(ヒャンド),結い(ドゥレ),契(ケ)と表現される共同慣行が行われてきた.「香徒(ヒャンド)」は相互扶助として,「結い(ドゥレ)」は集落の共同作業として,「契(ケ)」は農村の財政基盤や物的協同を支える利益集団として規定された.それらは農業生産活動と日常の営みのなかでの協同を目的として自発的に参加しようとする意識を共有し,参加する人と人を繋げるだけではなく,社会関係資本に関する多様な関わりを生成していくことで生活空間を構築してきた.こうした共同慣行は人々がその時その場の必要に応じて以前の仕方を改変したり,解体,再編してきた.こうした社会組織の特徴を表す概念として,ソーシャル・キャピタル(以下:社会関係資本)の役割に筆者は注目した.そこで,本研究は,韓国全羅北道任實郡金城里に立地する「チーズ村」を取り上げ,韓国の農村におけるユニークな社会関係資本であった共同慣行を考察する.そして,どのように再編することにより,地域活性化に至ったのか,という点に定量⋅定性的な調査を行い,社会関係資本が継続的な地域活性化の戦略となることを明らかにする.全羅北道任實郡の東南部に位置し,チュングム・クムダン・ファソンなど3つの自然部落が1つになって2006年「チーズ村」と改称した.集落の69.9%が山林で占められているため,畜産および稲作を主な産業とする典型的な山間地域の性格を持っている.「チーズ村」は人口183,74世帯(2012年現在)の小規模の集落であったが,近年,チーズやヨーグルトの乳製品製造,そしてピザ作りなどの体験事業をメインとする都市農村交流事業を通して年間6万人以上の観光客を呼び込んだ.そのことにより,若者の定住を誘導して過疎化を食い止めている.都市農村交流事業の運営は,ほとんどの住民が参加している「チーズ村運営委員会」によって民主的に行われている.そして収益を村の基金として積み立て,村の福祉を実現していく仕組みづくりを通して補助金に依存した村経済の脱却を目指した.今日の「チーズ村」の姿は,1968年ベルギーから来た神父と信用協同組合を立ち上げた牧師の思想的⋅実践的啓蒙のもとで住民が村づくりを志した精神的な側面も大きいが,自らの問題を自律的に解決しようとする伝統的な共同慣行が起因したと考えられる.