抄録
水生植物は生活型によって抽水植物、浮葉植物、沈水植物に分類される。これら水生植物の中でも沈水植物は、日本の平野部の湖沼において、水生植物の大部分を占めていた。しかしながら、1950年代半ばから全国的に衰退し、現在では多くの湖沼で消滅してしまっている。(平塚ほか 2006)。都市化や農業の近代化、工業化につれて湖沼の沈水植物が衰退・消滅する事例は世界的に生じており、ヨーロッパでは沈水植物を再生させることが湖沼再生につながるとして、様々な手法が試みられている(Hilt et al., 2006)。 日本では自然再生推進法が2003年に制定され、湖沼における自然再生も、各地で行われるようになった。それらの中には、欧米では再生目標として合意されている沈水植物ではなく、抽水植物や浮葉植物が目標になっている例もある。 島根県の宍道湖は、1950年代半ばまでは沈水植物が繁茂しており、周辺の農家がそれを採集して肥料に用いていた。しかし、除草剤使用が開始された頃から沈水植物が衰退し、2009年にオオササエビモなどが南岸などに繁茂するようになるまでは、沈水植物は消滅していた。一方、自然再生活動として、2002年から斐伊川河口部にヨシが植栽されている。またオオササエビモ等の復活による、地元の基幹産業である二枚貝漁への悪影響が懸念されており、かつて沈水植物が漁場を覆っていたかが重要な情報となる。 以上の背景から、本研究は湖沼の自然再生において重要となる沈水植物の衰退前の分布範囲を、米軍が1947年に撮影した空中写真を用いて復元することを目的とした。また当時の抽水植物や浮葉植物の分布範囲も合わせて復元することとした。空中写真の目視判読とArcGISのジオメトリ演算の結果、当時の沈水植物分布面積は全体の5%の約4km2であることが明らかとなった。現在再生が行われている抽水植物であるヨシは湖内・現再生地では確認されなかった。また現在と1947年当時の宍道湖を比較すると、水生植物相に違いがあることが明らかとなった。1947年は背丈の低い沈水植物、現在は背丈の高い沈水植物が繁茂していることが確認できた。本研究から、米軍空中写真は高度経済成長期以前の水中を含めた水生植物相を復元可能であることが示唆された。