主催: 公益社団法人 日本地理学会
1.はじめに
津波災害が発生した場合には住民の避難が必須であるが,積雪や道路の凍結などは避難を困難にする(橋本ほか,2010)。そのため,冬季環境を考慮して津波発生時における避難の課題を検討することは,積雪寒冷地の防災計画策定のために重要である。そこで,本研究は,積雪寒冷地の沿岸都市内部における津波想定地域において,避難圏域(任意の避難場所が担当する範囲)と避難場所到達圏域(任意の時間内に避難場所に到達できる範囲)に注目し,避難者と避難場所収容能力との関係から,津波避難の課題を明らかにする。
2.研究方法と資料
本研究では,まず津波想定地域に居住する人口の推定を行う。次に,津波想定地域に居住する人口が最も多い自治体を事例として津波避難圏域を設定し,避難者と避難場所収容能力との関係をみる。さらに,避難場所到達圏の設定を行い,避難者の歩行速度を考慮した避難者と避難場所の収容能力との関係を分析する。最後に,北海道沿岸都市における積雪期津波避難の課題に関する考察を行う。なお,本研究のデータは,2012年6月に北海道から公表された新しい北海道太平洋沿岸津波浸水想定データと国勢調査小地域データ(2010年)である。
3.研究対象地域の選定
国勢調査小地域データ(2010年)と津波想定データをGIS上で重ね合わせ,北海道太平洋沿岸における津波想定地域に居住する2010年の人口を推定すると439,179人となる。その中で,最も人口が大きい市町村は釧路市で129,132人,それに函館市の59,450人,苫小牧市の58,106人が続く。この結果から,本研究は,釧路市を対象地域として以後の分析を行う。
3.ネットワークボロノイ領域分割による避難圏域分析
ネットワークボロノイ領域分割を用いて各避難場所の避難圏域を設定し,圏域内人口から避難場所の収容可能人数を引いて非収容人口を算出すると,全避難者を収容できる避難場所は80か所の中で全員を収容しきれない避難場所は55か所である。そのうち,1,000人以上の非収容人口が発生する避難場所は16か所で,特に市街地西部や釧路駅周辺地区に非収容人口が多い。
4.ネットワークバッファによる到達圏分析
ネットワーク空間上のバッファにより,津波到来までの移動可能距離(ここでは500mを採用)を考慮して分析すると,到達圏に全居住者が含まれる避難場所は全体の30.0%となる。なお,路面が凍結し,除雪で道路幅員が狭くなる積雪期について,移動距離を非積雪期の0.833倍(内閣府資料による定数)にすると,その比率は22.9%に低下する。この到達圏外の人口比率は,両時期とも市街地周辺部の住宅地にある避難場所で低い。
5.おわりに
分析の結果は次の通りである。(1)2010年の釧路市では避難場所の7割程度で収容能力が不足しており,住宅が増えつつある釧路駅北部や市街地西部において顕著である。(2)避難場所への到達圏内に含まれるのは,津波想定地域に居住する人口の3割程度であり,積雪期には2割程度に低下する。また,釧路市西部や東部に拡大した住宅地では,近隣に津波避難場所がなく,避難時には長距離の移動が必要となる。以上のように,本研究は,釧路市を事例として都心部における避難場所の収容能力不足,周辺部における避難場所への到達困難という状況を明らかにした。今後は,都市の変化と,災害に対する社会的脆弱性との関係や,積雪寒冷地の冬季環境の影響を明らかにしたい。(本発表は科学研究費補助金基盤研究C [課題番号24520883]の成果の一部である)