日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 419
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発表要旨
米欧地理教育研究での“ジオ・ケイパビリティ”提唱の背景と意義
-イギリス地理教育におけるケイパビリティ・アプローチの展開文脈から-
*志村 喬
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抄録
1.本報告の目的 グローバル社会下で各国の教育改革が進む今日,欧米でも国際比較研究への関心が高まっている。2013年4月のAAG年次大会ではセッション「世界の地理教育フレームワークとスタンダード」が11カ国の発表者により開催された。そこでの1発表「ジオ・ケイパビリティ(GeoCapabilities):地理教育における教員養成と指導力についての調査・改善に向けた米欧共同の取り組み」は,米・英・フィンランドの共同研究であることに加え,“ジオ・ケイパビリティ(geo-capability)”なる新概念を使用した国際比較研究プロジェクト中間発表で,日本の地理教育研究界でも看過できない内容であった。そこで本報告は,このプロジェクトの鍵概念である“ジオ・ケイパビリティ”の内容や提起の背景について,新概念が提唱されたイギリス地理教育の文脈から究明する。なお,同概念を冠したプロジェクト自体の内容や成果については触れない。それは報告者の任ではないとともに,現段階の日本の地理教育界では同概念の解釈・定位が先ずは必要だからである。
2.教育学研究でのケイパビリティ・アプローチの導入 “ジオ・ケイパビリティ”は,経済学者A.センが提唱し,倫理・哲学者M.ヌスバウムとともに理論化が図られてきた“ケイパビリティ(capability 潜在能力)”を地理教育に導入したものである。二人の間で精緻化の程度にやや差異がみられるが,「ある人が選択することのできる「機能(functioning)」の集合。すなわち,社会の枠組みの中で,その人が持っている所得や資産で何ができるかという可能性を表すもの。」と定義され,経済学以外の様々な学問領域へ影響を与えている。教育学では管見の限り,日本も含め2000年以降言及が見受けられるが,アプローチ,研究の観点・方法理論の一つとして捉えられ,開発・ジェンダー教育といったセンの専攻に近い分野での導入が多い。
3.地理教育研究でのケイパビリティ・アプローチの導入 報告者が関わってきたイギリスの場合,2007年頃からケイパビリティを取り上げる教育学論文がみられる。しかし,教科教育研究では極僅かである。地理教育では,D.Lambertが2009年に行ったロンドン大学地理教育学教授就任講演「教育における地理:その地位は失われたのか?」における言及が,英語圏での嚆矢である。講演結論は,教育はケイパビリティを広げる営み(「教授」学習)であり,そのような観点から教科地理を捉えるならば,地理教育は教育へ大きく貢献するとするもので,ケイパビリティ・アプローチによる地理の教育的意義の提起であった。そして翌2010年にJ.Morganとの共著書籍において初めて“ジオ・ケイパビリティ”を提唱し,以降はその発信を経て冒頭プロジェクトに展開している。
4.ジオ・ケイパビリティの提唱 Lambert(2011)は,知的な機能集合としてみたケイパビリティは,個人の自由を高めること(自律と権利),どのように生きるか選択すること(市民性と責任),知識社会で創造的生産的であること(経済・文化),という3つの枠組みから構成され,それぞれが学習の3側面(知識・理解,技能,価値・態度)を擁しているという。そして,これらケイパビリティを拡大する教科は当然ながら地理だけではないとするものの,地理教育の立場から,即ち“ジオ・ケイパビリティ”の観点からすると,①世界の深い記述的知識,②世界における人と場所についての理論的に裏打ちされた関係的理解,③代替する社会・経済・環境的未来を考えようとする態度,の3側面/要素を通してケイパビリティ拡大に高く寄与すると主張する。地理という特定の視座に立つ“ジオ・ケイパビリティ”を提唱したことに加え,その具体的側面/要素をも示すことは大胆であり,地理教育研究者の間でも議論がある。
5.ジオ・ケイパビリティ提唱の背景と意義 イギリスで本概念が提唱された理由と意義を考察する要点は,ケイパビリティ概念が,構成主義学習論席巻下の実践で重視されている普遍的能力(コンピテンス,スキル,パフォーマンス等の方法知)だけではなく,認識としての教授学習内容(知識・理解という「学(discipline)」に根ざした教科内容知)並びに教授学習目標の射程(価値次元の有無)までを包摂するという点である。これは学校教育目標の底流をなす教育思想であるプラグマティズムと教養主義を参照しながら地理・社会科教育を再考することに繋がっている。
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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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