日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 315
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発表要旨
原発事故による畜産被害 
福島県伊達市霊山町の事例から
*渡辺 和之
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抄録
 畜産農家の苦境については多くの報道がある。だが、飯館村の避難が完了した時点でその取材熱は急速に冷めてしまったかの感がある。避難区域外で牛を飼い続ける畜産農家が現在どんな問題を抱えているのか。このような問題意識から2012年より現地調査をおこなった。
 対象とするのは特定避難勧奨地点(以下勧奨地点)のある伊達市霊山町である。勧奨地点とは年間20ミリシーベルトに達する場所を国が指定したものでその待遇は飯館村とほぼ同じであるが、指定されるのは世帯であり、指定後も家に住み続けることができる点が異なる。このため、同じ地区で勧奨地点に指定された家と漏れた家が隣接することもあり、地域分断を招いている。住民は国と市に勧奨地点から漏れた地区住民にも指定された住民と同じ額の補償をするように求めている。だが、国は年間20ミリシーベルトを下回ったとの理由で2012年11月に勧奨地点を突然解除した。「ここは一番見捨てられた所」。住民たちはそう語っていた。
 2013年6月の時点で確認できただけでも、霊山町には小国地区に4世帯、石田地区に1世帯の畜産農家がいる。また、事故後に畜産農家を辞めたのは両地区あわせて3世帯のみで、いずれも勧奨地点に指定されている。逆にいえば、勧奨地点に指定されなかった人々は「設備投資をした時の借金があるから続けざるを得ない」わけでもある。
 事故の影響で彼らが困っているのが、①牧草を与えられなくなったこと、②糞の処分、③風評被害の3点である。
 これまで自分で牧草を栽培していた人は使えなくなってしまった。その分、輸入飼料を購入しなければならなくなる。仔牛含め50頭の牛がいる場合、1日3-4万円、月だと100-120万円かかるという。牧草代は東電に補償を出して認められたが、支払いが遅れているという。
 事故以前は糞を堆肥にして稲わらと交換していた。事故後、市からは堆肥の使用を控えるよう言われており、家の脇や牧草地畑に積み上げて保管場所に困っている。また、良質堆肥を作る機械は数百万したのに、堆肥は領収書がないので東電の補償の対象外である。「原発を再稼働するなら、ここにバイオ発電所を作って欲しい」とのことである。
 風評被害も深刻である。肥育農家の場合、「仔牛を52-61万円で買い、1年半育てて100-110万円で売っていたのが、今では70-80万円にしかならない。エサ代だけでも1年半で30-33万円かかるので、それがそのまま赤字になっている。枝肉市場は福島産だと1kg300円。最高級のA5でも全国平均2200円の所が福島産だと1800円台。A2の値段にまで下がってしまう。乳牛農家の場合、農協経由で出荷するので乳価は下がっていないが、事故後1ヶ月半の間、生乳を捨てていた。「隣の相馬市では仲間の畜産農家が自殺した。あの頃は一歩違えば、自分も同じ境遇になっていたかもしれない」とのことである。
 以上のように、彼らは辞めるに辞められないなか、現在でも畜産農家を続けている。また、今後の希望として彼らは「他所に移る機会があれば移りたい」ともいう。「設備投資の借金があるからとてもそんな余裕はないが、移りたい気持ちは今でもある」とのことである。勧奨地点のある地区住民の全員を対象に補償を出せば、地域分断も設備投資の負債も解決する。関係機関各位の支援を切にお願いする次第である。
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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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