抄録
1.はじめに
2011年3月11日の東日本大震災(以下,震災)後,学習指導要領の改訂を受けて,防災を踏まえて震災を教材とするさまざまな授業実践が行われているが,その多くは依然,震災被災地以外においてであり,震災被災地において震災を教材とした授業実践は,2年半を過ぎた今でも余り見られない。震災被災地である宮城県の高校(中等教育学校後期)において,地理の授業で身近な地域と防災を扱う際にどのような課題が生じるか,考えてみたい。
2.勤務校と通学範囲
宮城県の公立高校は平成22年度入学生から全県1学区のため通学圏が広く,特に仙塩地区の高校のうち交通至便なところは,本当に全県から生徒が集まってくると言っても過言ではない。図1のA・B・C校は震災前後に筆者が勤務した学校であり,そのうちA・C校は現在も入試は全県1学区である。この3校の状況を簡単に比較する。
A校は普通科以外の学科が定員の半分弱を占め,JRの駅からも徒歩10分と近いことから,平成22年度以前より全県から志望者を集めていた。周辺は液状化の被害を受けたものの建物の倒壊などの被害も少ないが,海岸より8km程度しか離れていないことから,津波被害を受けた地域の生徒も多く進学してくる一方で内陸部の生徒も多く,生徒の日常の生活圏は重ならないか,あるいは仙台市中心部に集中することも多いと考えられる。
B校は,平成24年度以降全県1学区制から外れたことに加え交通の便も悪いことから,学校の半径10km程度の範囲から通う生徒が多く,沿岸部の津波被害を経験した生徒はほとんどいない上に,地震による被害も小さかった地域であり,大きなショッピングモールも近くにあるなど生徒の日常の生活圏も重なりあうことが多いようだ。
C校は丘陵上にあり周辺の地震被害は少ないものの,もっとも海岸に近く,すぐ眼下まで津波が押し寄せている。一方で生徒の通学地域は,複数の路線のJRの駅が近いことから内陸部から沿岸部まで広域に広がっており,その中に商業地域も点在しているため,生徒の日常の生活圏もあまり重ならないと思われる。よって被災状況もさまざまである。
3.身近な地域と防災を学ぶにあたっての課題
前項のA・B・C校の例にみられるとおり,地域によって被災状況は様々であるし,現在の高校生のほとんどは中学生であり,震災時はちょうど3月の高校入試の合格発表や卒業式の時期で,かつ午後であったことから,生徒たちが被災した場所は学校または自宅およびその周辺とは限らない。したがって,同一中学校の出身者であっても,震災時に学校にいたかどうかによってもまた被災状況が大きく変化することになる。つまり,現在,各高校に在籍する生徒たちは,被災時の共通の経験を持っていないことになる。
したがって, 「防災」の単元で震災を取り上げようとする場合,津波被災の爪痕を間近に見ることが可能なA・C各校においては,同じ教室に大きな被害に遭った生徒がいる場合,非常に難しくなる。一方で,B校の生徒たちのほとんどは沿岸部の津波被害を自分の経験としていないため,具体的な理解が難しい可能性が高い。さらに,A・C各校においても沿岸部の津波被害を自分の経験としていない生徒が一定数おり,地震と津波を関連付けることが難しい生徒がいる可能性が高い。震災後の人間関係が変わらなければ可能であったかと思われるが,新たな人間関係の中で震災を取り上げることは余りにもデリケートで難しい課題であった。
また,その通学圏の広さから,学校の周辺が「身近な地域」ではない生徒にとっては,土地勘がないことから地理的事象の具体的な理解が難しい場合が多い。地形図の読図の扱いが出身中学によって大きく異なることも,身近な地域の取り上げ方を難しくしている。
震災被災地の多くの学校は,以上のようなことに配慮していまだに地理教育で震災を取り上げられずにいると考えられる。