抄録
1.はじめに
近年、全国の博物館や資料館において、古地図をデジタルデータとして保存し、インターネットを介して公開する取り組みが盛んに行われるようになってきた。一方で、古地図は過去の地域景観を端的に伝えるものであり、学術研究の対象というだけではなく、地域の情報を広く一般に発信する際の有用なツールでもある。そのため、紙に印刷された古地図を持って町歩きをするイベントが催されたり、教材が作られたりしている。こうした動向を踏まえて、本報告では、デジタル化された古地図を題材に、GISやインターネットなどの情報技術を援用した地域・郷土学習の支援アプリケーションの開発と、これを利用したワークショップの成果について報告するものである。なお、対象地域は、近世後期の鳥取城下町の範囲である。
2.アプリケーションとコンテンツの概要
1) アップリケーション:「ちずぶらり」
モバイル端末上でGPSから取得した現在地を基準に、「古地図と現在図との切り替え」や「拡大・縮小」が可能なビューワーである「ちずぶらり」を援用して、iPhone/iPadアプリ「鳥取ぶらり」を作成した。「ちずぶらり」は、ATR Creativeが開発した位置情報付きイラスト地図をあらゆる端末アプリに対して配信する世界初のモバイル向けプラットフォームである。これにより、あらかじめ現在図と古地図を重ね合わせ、ランドマークを登録しておくことで、モバイル端末で古地図上に現在地や周辺の歴史・地域情報を表示して内容を参照することができる。そのため、紙の古地図を使ったガイドツアーでよくある現在地の確認に時間をかける必要がない。また、古地図に詳しくなくても、その場で古地図上の現在地を確認することや、ツアーガイドの説明だけでなく自身で地域について発見ができる。
2) コンテンツ:絵図資料
鳥取県立博物館および鳥取県立図書館が所蔵する、近世期の鳥取城下町を描いた絵図を基盤として、近世から現在までの歴史・地域情報を集約した。なお、基盤とした絵図は、測量・製図の精度が非常に高く歪みが少ないため、現在の地形に重ねることが容易で、別の時代の絵図・地図・空中写真との切り替えが可能である。具体的には、安政5年の「鳥取城下全図」、昭和27年GHQ撮影の航空写真、昭和46年測量の国土基本図、慶安3年以前の「鳥取城下之図」、Google Mapsなどを適宜、切り替えることができる。今後も、絵図は適宜追加される予定である。
3.ワークショップの概要と成果
鳥取城下町に関する歴史・地域情報を古地図上で集約した上で、鳥取県立博物館主催で地域住民向けに本アプリを利用した町歩きイベントを開催した。そして、参加者へのアンケート調査を実施し、本アプリケーションの改良点や有効性・独自性の検討を行った。本ワークショップの全体的な感想として、「iPadを使うという内容は斬新で、興味深いものだった」「普段歩かない所に昔のなごりを感じられて良かった」など、好意的なものが多い。一方で、「様々なルートがあれば良いと考えた」「現在地の表示が少し不精確に感じた」「しるし(ランドマーク)が多くて、それだけ解説も多いということで分かりやすいという反面、こんがらがってしまう」などの課題も見られた。また、「古地図と現在の地図があまり変わっていないことに驚いた」といった鳥取城下町に特有の感想もある。
4.おわりに
本取り組みは、GPSと連動して古地図上での現在地と周辺の歴史・地域情報を表示するiPhone/iPadで動作するアプリケーションを作成し、これを利用したワークショップを行って、課題と有効性を検討した。将来的には、地域・郷土学習の支援を通して、地元地域に貢献することを目指している。今後は、地元の行政機関や教育機関と連携しながら、より有効な利用方法について協議を進めていきたい。
また、GISの汎用性を応用した本取り組みを通して、古地図が、学術分野での利用だけでなく、地域貢献のためのツールとして有効であることを提示できると考えている。近年、注目を集めている「歴史GIS」の研究成果を地元地域へ還元する実践例として位置付ければ、学術成果と地域貢献といった両側面を充実させることで、多くの古地図の利用が促進され、歴史GIS研究の裾野が広がることを期待したい。
付記:本報告は、平成24年度 小田急財団研究助成 観光事業の活性化と推進に関する研究「歴史資料とモバイル端末を援用した地域活性化のための情報共有システムの構築」(代表:塚本章宏)及び、平成24年度 科学研究費補助金 基盤研究(C)「日本の近世測量術のルーツとその近代測量への影響」(代表:鳴海邦匡)の成果である。