日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 723
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発表要旨
インド・ウッタルプラデーシュ州における商品作物栽培
デダール村の事例
*荒木 一視チャンデール R.S.
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抄録
発表者はインドの経済成長が農村に与えた影響をどのようにとらえるかという観点から研究を続けてきた。本報告ではウッタルプラデーシュ州ラエバレリディストリクトのデダール村の事例から,商品作物栽培の導入が農村に与えた影響を検討する。同州はガンジス川流域のヒンディベルトの中核をなし,ラクノウやカンプルなどの大都市も擁する。そうした中で,同村はいずれの大都市からも90km以上の距離があり,その直接的な影響をうけていない。同州における顕著な変化として,バナナの商品作物としての栽培の拡大が挙げられる。「Indian Horticulture Database」によると,同州のバナナの生産量は2008-09年度には上位にはなく,その他のカテゴリーに含まれる程度であったものが,その後急速な拡大を見て,2010-11年度には全国8位となっている。また,ラエバレリの卸売市場のデータからも,それは裏付けられる。市場の入荷台帳からはバナナの入荷が2002年には域内から5,100キンタル,域外から1,078キンタルであったものが,2011年には域内からが10,094キンタル,域外753キンタルとなり,バナナの域内からの供給が倍増していることがうかがえる。同様の傾向は域内3,923キンタル,域外1,067キンタル(2002),域内8,068キンタル,域外3,184キンタルのマンゴーなどにも認めることができる。 こうした商品作物栽培の増加はバナナやマンゴーなどの果樹作物に限らず,マスタードやハッカなどにおいてもみられた。対象村の作物台帳では2002年にマスタードの作付けは1.915ha,ナタネ(lahi)が11.212haであったものが,2009年にはマスタードが13.472ha,ナタネが38.64haとなっており,著しい増加をみている。その一方で,当村で従来商品作物の主力であったという落花生の作付けは52.411ha(2002)から23.432ha(2009)と半減している。ただし,ジャガイモが同様に10.665haから45.120ha,トウガラシが0.085haから10.423haなどと概ね商品作物の栽培が増えているということは作物台帳からも確認することができる。なお,ハッカは2002年には項目が立てられていないが,2009年には1.506haの作付けをみる。この他,現地の聴き取りではアワラ(Awala,インドスグリ)やトゥルシ(Tulsi,カミメボウキ)なども商品作物として栽培されていることが明らかになった。こうした商品栽培作物を導入できたのは確かに一部の比較的上層にある農家であることは疑いがない。しかし,農家からの聞き取り調査の結果,バナナ作ではbigha(約1/4ha)あたり,一作期のべ150人の労働力を必要とするということであった。これは小麦の20人,米の25-40人と比べるとかなり多いといえる。同様にハッカでは40-60人(ただし年間2作可能),ジャガイモ50人,アワラ30人,トゥルシ25人などの回答が得られた。また,これら商品作物を導入する以前は米や小麦を作っていたというものの他,休耕地という回答も多くみられた。また,従来的な落花生からハッカに切り替えたというケースも認められた。多くがその理由として収益性の高さを上げたものの,獣害という回答も少なからず認められた。落花生では獣害の被害が大きいものの,ハッカや果樹作物ではそれらが軽減されることが理由ということである。 当村でのバナナの作付面積の統計は得られないものの,聴き取りでは20-25の農家がバナナ作を導入しており,約10ha程になるという。無論バナナは自家消費作物として古くから栽培されていたわけであるが,仮に市場の入荷データに基づきこの10年で倍増したものとした場合,要求される労働者数は上記の150人/bighaから150/bigha×5haで3,000人となる。なお,この5haの土地で小麦-米作を維持した場合の必要労働者数は上記より最大60(20+40)/bigha×5haで1,200人である(バナナは当地で15ヶ月作物といわれているが,便宜的に小麦・米作の12ヶ月と置き換えた)。また,多様な商品作物の導入により労働力需要が特定の農繁期に集中しないということにも,着目したい。 インドにおいても農業の機械化が進展し,米や小麦ではトラクターをはじめとした農業機械が導入され,省力化が進行している。そうした中で,多くの労働力を必要とするバナナやハッカに代表される商品作物の導入は,経済成長に基づく都市の消費の拡大に牽引されたもの,あるいは新たな上層農家の出現というだけではなく,農業労働者層への就業機会の提供という側面からも検討していく必要がある。
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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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