日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 735
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発表要旨
高校地理教科書の造山帯の説明は誤り
*岩田 修二
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抄録

はじめに 来年度(2013年4月)から高等学校の新教育課程がはじまる。帝国書院の『新詳地理B』(審査用見本;2012年3月検定済み)をみたところ,地形の部分はほとんど変わっていなかった.報告者の関心が深い山地地形についてみると,相変わらず新期・古期造山帯という概念で世界の山地地形が説明されている.これは,最近の変動地形学の進展と適合しないし,生徒に大きな誤解をあたえる可能性がある.問題点を提示し,改善案を示す.高校教科書の造山帯と山地地形の説明 多くの教科書に共通している説明は,「造山帯とは,山脈が形成される地帯である.新生代と中生代に形成された造山帯は新期造山帯とよばれ,険しい大山脈を形づくっている.古生代に形成された造山帯は古期造山帯とよばれ,長期間の侵食によって低くなだらかな山地になっている」というものである.教科書の説明と現実との不一致 高校時代に上記とおなじ造山帯と山地地形の説明を学んだ報告者は,長い間,登山の対象になる高く険しい山は新期造山帯にしかないと思いこんでいた.しかし,古期造山帯である天山山脈・崑崙山脈・チベット高原北半で調査した時,古期造山帯にもヒマラヤ山脈に匹敵する険しい山脈があることを知った.東南極大陸のセールロンダーネ山地で調査をしたときには,安定陸塊にも日本アルプスよりはるかに険しい3000メートル級の山地があることを知った.地形図と地質図(地体構造Geotectonic図)を照らし合わせると,東シベリアからアラスカ北部にかけての,なだらかな山地しかない新期造山帯,広い平原がいくつも存在する新期造山帯,安定陸塊なのに険しい山岳がみられる東アフリカ地溝帯など,教科書の説明とは一致しない場所が多いことが分かった.造山運動とは何か 造山運動 (orogeny) を”The process of forming mountains” (Dictionary of Geological Terms, Dolphin Books, 1962) や「褶曲山脈や地塊山地が形成される運動」(新版地学事典,平凡社,1996)とした辞書もあるが,造山運動とは「山脈の地質構造をつくり,広域変成作用や火成活動をおこす作用のこと」であり,「造山運動もある程度は地形的山脈をつくるであろうが,山脈の隆起の中には造山運動とは関係のない成因によるものもたくさんある」(都城,1979:岩波講座地球科学12:103-6)とされる.つまり,造山運動と造山帯は地質学の概念であり,そもそもは,大陸地殻(花崗岩類)をつくる作用のことである.山地地形の説明に用いるのは不適当なのである. 最近ではプレート論が高校教科書にも導入されたので,本来おなじ内容である変動帯と造山帯とを使い分ける必要がでてきたらしく,「プレート運動によって激しい地殻変動が起こる地帯を変動帯とよぶ。変動帯のうちで高い山脈が形成される地帯が造山帯にあたる」(上記の『新詳地理B』28ページ)という誤った記述がでてきた.改善策 山岳の地形の特徴を示すのは起伏(高さと険しさ)である.だから,世界の山岳地域を起伏という地形の指標で整理するのが山岳地域の地形理解の第一歩である.山地地形の説明には起伏を指標にした地形特性そのもので説明すべきである.わざわざ地質学の概念を借りてくる必要はない.日本の山地の区分でよくおこなわれる大起伏・中起伏・小起伏山地という区分で十分である. 20世紀前半の地向斜造山論を引きずっている造山帯の概念は,しかし,地下資源の分布を整理するには便利である.それならば,はっきりと,地質形成時代を示すことを明記したうえで鉱物資源・鉱業の部分で教えればよい.結論 1)山岳地域の大地形の説明として新期・古期造山帯を用いるのは止める.   2)鉱物資源の説明のために造山帯を使うならば,地質を説明する概念であることをきちんと説明すべきである.

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