抄録
マングローブ林は、熱帯から亜熱帯の海岸線や河口部にみられる森林である。マングローブ林は潮間帯上部という限られた環境に生育する森林生態系であるため、河川の侵食・堆積、海水準変動に対して敏感に反応し、その立地を変動させる。また、日本におけるマングローブ林は八重山諸島をはじめ、琉球列島、奄美諸島などに分布し、台風の主要経路に位置することから、しばしばそれによる撹乱が生じる。これらの外的影響が加わることで、マングローブ林では短期間での立地変動や林分構造の変化が起こっている可能性がある。本研究では、石垣島宮良川河口において固定プロットを設置し、10年間の植生動態について検討した。石垣島宮良川河口に形成された中州上に、2002年に5×65 mの固定プロットを設置し、2002年および2012年にプロット内に生育する樹高1.3 m以上の全樹木に対して毎木調査を行った。調査項目は、樹種、立木位置、樹高、樹幹直径、生死の別であり、死亡している樹木についてはその状態も観察した。012年には、10 cm程度の起伏を把握するために精密地盤高測量を実施した。各年の毎木調査で得られたデータから、中須賀(1979)の相対成長関係式を用いて地上部バイオマスを推算した。2002年と2012年の調査では、プロット内でヤエヤマヒルギ(Rhizophora stylosa:以後Rsと標記)とオヒルギ(Bruguiera gymnorrhiza: 以後Bgと標記)の2種のマングローブが確認された。立木本数は2002年には計101本みられた樹木が、2012年には64本へ減少した。また樹幹断面積は、2002年の34.1 m2/haから2012年には15.8 m2/haへ減少した。地上部バイオマスは2002年の131.4 t/haから、2012年には56.3 t/haと57%の減少がみられた。樹種別にみると、Rsの本数は2002年の40本から2012年には27本に減少した。2012年の調査では、2002年に確認されたRsの40本中39本が死亡していることが確認され、2012年にみられたRsの96%は新規加入木であった。このRsの樹木の入れ替わりに伴い、2002年には樹幹直径6 cm~12 cmのサイズで多くみられたRsが、2012年には直径6 cm 未満の小径木に限られた。これに伴い、Rsの樹幹断面積は2002年の10.9 m2/haから2012年には1.3 m2/haに減少し、地上部バイオマスは41.2 t/haから2.6 t/haに94%減少した。Rsの死亡個体は39本中34本がプロット海側縁辺から20 m~30 m地点の海側林縁部に集中してみられ、その52%が根返りの状態であったことから、原因は風倒の可能性が高い。2002年以降、石垣島では最大風速30 m/sを超える台風が7回あり、特に2006年台風13号は最大風速48.2 m/s(南西)、最大瞬間風速67.0 m/s(西南西)を記録した。これら7回の台風の最大風速の風向は南方向からの風が卓越していた。死亡個体が多かった20 m~30 m地点はプロットを設置した中洲の南端に生育することから、ここでのRsの死亡要因は、台風による南からの強風の影響と考えられる。一方、Bgは2002年の61本から2012年には37本に減少した。2012年の調査では、死亡個体42本に対し、新規加入木は18本みられた。これに伴い、Bgの樹幹断面積は2002年の23.2 m2/haから2012年には14.4 m2/haに減少し、地上部バイオマスは90.6 t/haから53.7 t/haに41%減少した。Bgの死亡個体は25 m~65 m地点にかけて広く分布するが、特に50 m~65 m地点に多くみられる。2012年の調査では、40 m~65 m地点で、幅1.9 m、高さ7 cm程度の帯状の地形的高まりがみられ、そこに生育するBgの呼吸根が埋積されていることが確認された。マングローブは呼吸根が埋積されると、枯死に至ることがある。この地点のBgの死亡個体は、その69%が消失しているため明確な原因はわからないものの、土砂の堆積に伴い呼吸根が埋積され、樹勢が弱まった可能性が指摘でき、そのことが枯損と関係している可能性がある。また、土砂の堆積が確認された地点では、RsおよびBgの実生の定着がみられなかった。2012年の50 m~65 m地点の地盤高(標高)は、+80 ~90 ㎝であり、この地盤高は最高高潮位+119 ㎝(標高)は下回るものの、平均高潮位である+65 ㎝(標高)は上回る。これはこの地点の地盤高が、マングローブ林の生育可能な潮間帯上部の中では、比較的高い位置にあたることを意味し、2012年には実生の定着に適した地盤高ではなくなっていた可能性が指摘できる。