抄録
1. はじめに永久凍土が広く分布する東シベリアでは、2004年冬以降、冬季の積雪と夏季の降雨が例年に無く増加した湿潤的な気候が3年間継続した。その結果、永久凍土表層の融解を伴って活動層(地表面直下の凍結融解土壌層)が厚くなると共に、活動層内の土壌水分量が大幅に増加した。この土壌の過剰な湿潤化によって、谷や平坦地、アラス周辺といった水が集まりやすい地形では、長期的に湛水状態が継続する事態となった。その結果、湛水した地表面上では、その上に成立する北方林(タイガ:カラマツ(Larix cajanderi, Mayr.)を優占種とする)の生育環境を悪化させ、森林の荒廃が進行した(Iijima et al. 2013)。これら一連の現象の連鎖は、気候湿潤化に伴ってレナ川中流域に広域的に生じていると考えられる。すなわち、過湿な地表面と森林が枯死・荒廃した地域を特定することによって、この湿潤気候の期間に進行した永久凍土荒廃現象の空間的広がりが示されることになる。以上の背景に基づき、本研究では、ヤクーツク近郊のレナ川右岸・左岸での衛星データ解析と現地調査結果に基づき、湿潤化による水域の拡大状況と、それによる永久凍土・活動層変化を伴う北方林変化域の抽出を試みた。 2. データならびに方法本研究では、レナ川中流域で活動層内土壌水分の過剰な湿潤化が進行した2006~2009年の夏季のALOS- PALSARおよびAVNIR2画像を利用した。研究対象地域は、レナ川左岸のスパスカヤパッド地域と、右岸のユケチ地域である(図1)。PALSAR画像データは、ジオコーディングとノイズ軽減の平滑化処理を行った後、マイクロ波の後方散乱係数の閾値に基づく水域(地表面の湛水地域を含む)の教師付分類を行い、複数年度の水域分布の変化を抽出した。また、同期間のAVNIR2画像から、土地被覆状態として、草原と北方林の教師付分類を行い、同様に複数年度の分類図から、北方林が草原に変化した領域を抽出した。 3. 結果レナ川左岸スパスカヤパッド地域は、地下氷が少ない砂質ロームからなる河岸段丘上に北方林が広がっており、永久凍土融解に伴うアラス湖沼は少ない。この地域では、2006~2009年にかけて段丘を刻む谷筋に沿って水域が拡大し、その谷筋に森林の変化域が抽出された(図省略)。これは、左岸では谷や地形的に平坦になった地域の土壌水分飽和度が高く、カラマツが選択的に枯死していた現地観測結果(Iwasaki et al. 2011)とよく一致する。一方、レナ川右岸ユケチ地域は、凍土氷を多く含む平地が広がり、アラス湖沼の密度が非常に高い。そこでは、同期間にアラス湖沼の面積が拡大し、湖沼の周囲を囲むように、森林の変化域が広がる様子が抽出された(図2)。右岸では閉鎖水域のアラス湖沼に多くの融雪水と降水が流入し、水域面積が拡大すると共に縁辺部の永久凍土が融解して崩壊した斜面でカラマツが倒伏、枯死しており、この解析結果もこれらの現地の観察状況とよく一致する。以上から、ALOS衛星データによる、水域・森林変化域を抽出し複合させる手法によって、湿潤化が永久凍土、森林荒廃をもたらす一連の現象を広域的に捉えることができ、地形や凍土状態の異なる地域で特徴的な荒廃状況を示すことが確認された。