日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 230
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発表要旨
山岳氷河の後退域における標高に影響を受けた植生発達
*吉田 圭一郎廣田 充水野 一晴
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抄録

I はじめに
近年,様々な生態系において地球温暖化の影響が顕在化している.熱帯の高山植生も例外ではなく,気温や降水量の変化やそれに伴う氷河の後退,消滅により,多大な影響が及んでいる.そのため,熱帯における高山植生の成立過程を明らかにし,現在進行中の気候変化による影響を予測することが急務である(Herzog et al. 2011).
氷河後退域では,一次遷移などの植生発達に関する研究が数多く蓄積されてきた(例えば,Mizuno 1998やCannone et al. 2008など).最近では,遷移だけでなく微地形や表層物質などといった環境条件と植生発達過程との関連も指摘されつつある(例えば,Raffl & Erschbamer 2004など).大きな標高差を内包する山岳氷河の後退域では,植生発達が成立年代だけでなく,標高に沿って変化する環境条件によっても影響を受けることが予想されるが,これまでほとんど研究が行われてこなかった.
そこで,本研究では,南米アンデス山系の氷河後退域における植生発達を明らかにし,遷移によるプロセスだけでなく,標高による影響について検討した.

II 調査地と方法
本研究の調査対象地はボリビアアンデス,チャルキニ峰(5329m)西カールである.このカールの氷河後退域における植生発達過程を明らかにするため,成立年代の異なるモレーン上に計88カ所の調査プロットを設け,植生調査を行った.ターミナル・モレーンでは,40mのラインに沿って,2m間隔で2×2mの調査プロットを10個設置し,ラテラル・モレーンでは標高10m毎に1個の調査プロットを設置した.調査プロットでは,植被率,出現種,裸地の比率,最大礫のサイズ,イネ科草本(Deyeuxia nitidula)の株数,草丈および穂の有無などを記載した.

III 結果と考察
チャルキニ峰西カール氷河後退域のモレーン上には,主にイネ科とキク科からなる草本40種が出現した.イネ科のD. nitidulaが優占しており,一番新しい時代のモレーンにも出現することから,この氷河後退域におけるパイオニア種であると考えられた.
モレーン年代が古いものほど,植被率が増加していた(図1).植被率を目的変数とした一般化線形モデル(GLM)においても,モレーン年代が最も重要な説明変数であった.これは,モレーン年代が古くなるにつれてモレーン上の土壌発達が進み,一次遷移が進行していることを示している.一方で,出現種数はモレーン年代との対応関係は不明瞭で,標高にしたがって変化していた(図2).出現種数を目的変数とした一般化線形モデル(GLM)においても,標高が最も重要な説明変数であったのに対し,モレーン年代は統計上有意な変数として抽出されなかった.このことは,山岳氷河の後退に伴う遷移過程においては,種の侵入や定着に,標高に沿った環境条件(例えば,温度条件やシードソースからの距離など)が関わっていることを強く示唆している.本研究の結果から,熱帯高山の氷河後退域における植生発達には,その成立年代だけでなく,標高に沿った環境条件も関与することが明らかとなった.今後,山岳氷河の後退域など,地球温暖化による熱帯の高山植生への影響を理解するためには,その成立年代だけでなく,遷移プロセスに関わる標高に沿った環境条件の差異についても考慮していく必要があろう.

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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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