日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0203
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発表要旨
大都市圏における少産少死世代の居住地選択に関する予察的考察
*川口 太郎
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抄録
 大都市圏における居住地移動に関する先行研究の多くは,少産少死への人口転換が行われる1950年代以前に生まれた多産少死世代を対象にしていた。これらの研究では,若年期には都心周辺に居住していた人々が,ライフコースの進展に伴ってより広い住居を求めて外向的な移動を行ったことが,大都市圏の外延的拡大をもたらす原動力であったことを明らかにした。バブル経済が崩壊し低成長期に入ると,住宅市場の主役は人口転換完了後に生まれた少産少死世代へと移行した。地価は一転して下落基調となり,都心周辺部や駅周辺での高層マンションの建設が目立つようになった。また,晩婚化・非婚化,少子化などによって世帯形態の多様化と世帯規模の縮小が起こり,これを反映して住宅市場におけるニーズは多様化した。 時代背景が異なる以上,少産少死世代の居住地移動は多産少死世代とは異なる特徴を示すと考えられる。多産少死世代にあっては,年功序列の終身雇用体系と右肩上がりの経済環境のなかで,それなりに安定した人生設計を描くことができた。したがって所得水準に制約されつつも,年齢規範に裏打ちされた画一的なライフスタイルを実現することができ,その合成ベクトルとして「住宅双六」なる単線的なライフコースを認めることができた。一方,少産少死世代においては,所得の伸び悩みや雇用の流動化に伴う将来の不透明に加えて,ライフコースを律してきた伝統的な社会規範が弱体化して個人の選択と責任に帰せられるようになった。それゆえライフスタイルは多様化し,その合成ベクトルとしてのライフコースに明瞭な方向性を見いだすことが困難になった。少産少死世代の居住地移動は,働き方・住まい方・家族のあり方などが多様化する一方で,さまざまな立地・形態の住宅が供給されるようになり,一般化を難しくしている。 しかしながら,以下の2つの点に新しい時代・世代の居住地移動を理解する手掛かりを見いだせるのではないかと考える。その第1は,家庭内の性別役割分業を実現した多産少死世代に対して,少産少死世代は一人稼得世帯を維持することが難しく,共働き世帯の増加となって表れたことである。そのため世帯にあっては仕事と家事・育児の関係を個人や家族のなかで調整することが必要になり,場合によっては親族資源や公的資源のサポートも必要になってきた。これらをどのように組み合わせるかは個々の生活戦略であるが,女性の就業継続と育児支援が居住地の選択に大きな要素を占めるようになったことは,多産少死世代との大きな違いである。 第2に,少産少死世代には大都市圏出身の「第二世代」が多いと考えられる。親世代の多くが大都市圏内に居住していると考えられ,それはすなわち,居住地の選択にあたって実家や親の存在を無視できないことを意味する。地方出身者が多い多産少死世代は,故郷に残した親の存在を気にしつつも,あるいは当てにできないことを前提に,自らの住まいの選択を行うことができた。それに対して少産少死世代の多くは前提として実家の存在があり,その支援を期待することもできれば,いずれは支援を期待される場面も出てくるであろう。もちろんこれは選択の問題であり,すべてがそうなるわけではないが,少なくとも多産少死世代の居住地選択の念頭にはなかった実家との関係が看過できない要素になっている。 住まいの選択は,直接的には購買力に帰するところが多いものの,究極的には,さまざまな妥協を強いられるとしても,どのような人生(生活)を送りたいかという価値観の選択であり,ライフスタイルの選択であると考えられる。仕事と家事・育児の折り合いをどのようにつけるか,あるいは親との関係をどのように取り結び,親族資源をどのように活用していくかといったことは,生活の在り方を根本的に規定しているといっても過言ではなく,住まいの選択にあたって重要な要因なのではなかろうか。
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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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