抄録
1. はじめに
アフリカでは、経済発展の遅れや高い人口の増加率により、貧困や食料不足が発生している。近年、同地域では急激に増加するコメの消費量に生産量が追いつかず、アジアや北米等からのコメの輸入量が増加し続けている。このような状況の中、2008年に開催された第4回東京アフリカ開発会議(TICAD IV)では、日本政府の対アフリカ農業セクター協力の1つとして、JICAにより「アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)」が設立された。この中では、アフリカのコメ生産量を10年間で倍増することが目標として掲げられている。
コメ生産量の増加は、特に食糧需給のひっ迫するサブサハラアフリカ地域においては急務である。同地域に分布する約3千万haの氾濫原湿地は比較的肥沃度の高い土壌と季節的な湛水をもつことから、潜在的なイネ可耕地として注目を集めている。
本研究の目的は、氾濫原の未利用地における稲作の面的拡大のため、白ボルタ川流域の氾濫原湿地と湿地内に設営した水稲栽培圃場の水質特性を明らかにするとともに、水質の形成機構を検討することである。
2. 調査の概要
2011年9月9日~10日にかけて現地調査を実施した。湿地7カ所、試験圃場1カ所、白ボルタ川1カ所の計9カ所で表層水をポリ瓶に採取するとともに、現場においてpH、EC、水温を測定した。また、9月中旬~下旬にかけて白ボルタ川よりおよそ50 km離れたタマレ市内のオープンスペースに採水瓶を設置し、雨水(大気沈着)を採取した。これらの試料は実験室に持ち帰り、溶存する主要無機イオン成分の濃度をイオンクロマトグラフィー(日本ダイオネクス, DX-120)を用いて測定した。
3. 結果および考察
分析の結果、今回採取した全ての水試料において硫酸イオンの濃度が低かった。特に、湿地の6地点と試験圃場の湛水においては、硫酸イオン濃度が0 mg/L(検出限界値以下)であった。この結果は、本地域で水稲を栽培すると硫黄の欠乏症状が発症するという辻本ら(2013)の研究報告を裏付けるものであった。
硫酸イオンの起源としては、湿地の水や河川水では地質や生活排水、雨水では自動車の排ガスや工場の排煙に由来するSOxなどが考えられる。雨水や白ボルタ川の河川水に含まれる硫酸イオンの濃度は、湿地や試験圃場の湛水に含まれる濃度よりも高いことから、雨水や河川水が湿地や試験圃場への硫黄の供給源になっている可能性が示唆される。今回測定した雨水の水質組成が平均的であり、本地域の年間降水量が調査地から一番近いイエンディ測候所の平均降水量と同程度の約1,160 mm(気象庁ホームページより)と仮定した場合、雨水により588 g/ha/yearの硫黄が地表に供給されていると試算される。硝酸イオンにおいても硫酸イオンと同様に、湿地の6地点と試験圃場の湛水に含まれる濃度は0 mg/L(検出限界値以下)であり、雨水や河川水が氾濫原への窒素の供給源である可能性が指摘できる。
湿地と試験圃場の表層水においては、全体的に溶存イオン濃度が低い傾向にあった。このように、人の生活圏に近接しているにも関わらず水中のイオン濃度が低い要因の一つとして、地質から供給されるイオンの量が少ないことが考えられる。氾濫原湿地、試験圃場、白ボルタ川の水質はおおむねCa(HCO3)型に分類された。試験圃場として開墾・使用している面積が小さいため、影響が限定的である可能性はあるが、湿地と試験圃場の間に水質の化学組成に明確な差は認められなかった。