抄録
I 背景と目的 様々な年齢層や所得階層の住民が混住するミクスト・コミュニティは、地域活動の維持や活力の面でプラスの効果が主張される反面、ライフスタイルや価値観の差異による摩擦や人間関係の希薄化による居住満足度の低下も懸念される。多様化が進む個人・世帯が共存していくためには、どのような空間単位でのミックス化が望ましいのか、またどういう点に配慮すべきかを具体的に検討する必要がある。この点を踏まえ本研究では、近隣満足度に着目し、小地域における居住者の多様性や偏りがその評価に与える影響について検証することを目的とする。II 方法とデータ 初めに、国勢調査結果と住宅地図を用いて街区単位での居住者属性分布を次の通り推計した。例えば世帯類型別世帯数は、①IPF法を用いて、町丁目単位における3元クロス表(住宅の建て方×延べ床面積×世帯類型別世帯数)を推計する1)。②国勢調査基本単位区座標データと住宅地図街区データをマッチングし、街区単位で住宅の建て方×延べ床面積別世帯数を集計する。③このデータに①で作成したクロス表から住宅の建て方×延べ床面積別に配分し、街区単位での世帯類型別世帯数の分布を得た。同様の方法で、街区ごとの世帯収入別世帯数や年齢別人口等の分布も推定した。続いて、上記作成データと住生活総合調査(2008)の個票データ(東京都区部、サンプル数2,320)を用いて、「近隣の人たちやコミュニティとの関わり」に関する居住満足度(満足、まあ満足、多少不満足、非常に不満足の4段階)について、順序ロジスティック回帰分析を行った2)。ここで説明変数として世帯変数(住宅所有関係、世帯人数、世帯年収、世帯主年齢、世帯主女性ダミー、共同住宅ダミー、住宅床面積など)および地域変数(単身世帯割合、高齢人口割合、低所得世帯割合など)を用いた。なお地域変数の集計単位は町丁目と街区レベルの複数種類を用意し、近隣効果の影響範囲についても考察した。III 結果と考察 街区単位での居住者属性の推計については、国勢調査基本単位区集計から得られる街区別の総人口、総世帯数と比較したところ本推計により妥当な結果が得られることが分かった。近隣居住者が満足度に与える影響の分析では、次のような結果が得られた。まず、近隣の世帯類型構成の影響について、その多様性は満足度に大きな影響を与えなかった。ただし、近隣の単身世帯割合は、単身居住者にとっては有意な影響は見られなかったが、ファミリー世帯にとっては対象者の世帯属性を考慮しても近隣の単身世帯割合が増えるにつれて満足度は有意に低下し、とくに調査区単位よりも町丁目単位でその傾向が強かった。想定される理由として、ファミリー世帯では近隣をより広くとらえ、単身者が周囲に増えることにより、例えば近所付合いの希薄化、地域活動への非協力、無関心のような不満度を高める要素を感じやすくなる可能性がある。また、近隣の年齢階層の多様性も満足度には大きな影響を与えていないものの、近隣の子供の割合が高くなるにつれて満足度が高まる傾向がみられた。小さな空間単位での居住者属性の偏りは特定の居住者層にとっては近隣に対する満足度を下げていることもあり、その背後のメカニズムや許容できる偏りの範囲を明らかにしていくことも重要である。1) IPF法では、周辺分布として国勢調査町丁・字集計(2010)、初期値として住宅・土地統計調査個票データ(2008)を用いた。2)国土交通省国土交通政策研究所(2010)も同じデータを用いた分析を行い、公営住宅や借家割合の高い地域で満足度が低いことを示しているが、クロス分析にとどまっており世帯要因の考慮や近隣レベルでの検討はなされていない。