日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 505
会議情報

発表要旨
中央アジア・天山山脈における氷河湖と氷河湖決壊洪水の特徴
*奈良間 千之田殿 武雄山本 美奈子浮田 甚郎
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
1 はじめに近年のアジア山岳地域の氷河変動は,多時期の数値標高モデルや高度計を搭載したICESatの標高データなどから地域的な質量収支変動の差異が明らかになりつつある.東ヒマラヤでは氷河表面低下量が多い一方,カラコルムでは正の質量収支が報告されるなど,近年の氷河の質量収支や末端変動は一様ではない.中央アジアの天山山脈においては,多時期の衛星データにより広域の氷河の面積変動が明らかになっている.その変動は地域によって大きく異なり,年降水量が多く山脈高度が低い天山山脈外縁部で縮小量が大きい.このような近年の氷河縮小に伴いヒマラヤや中央アジア山岳地域では,氷河前面に氷河からの融け水が溜まった氷河湖が多数出現している.氷河変動にも地域的な差異があるように,氷河湖分布にも地域的な違いがみられる.本研究では中央アジアの天山山脈における氷河湖の分布と氷河湖決壊洪水の特徴について報告する.2 方法2007~2010年に撮影されたALOS/AVNIR-2の衛星データを用いて,天山山脈全域の氷河前面にある0.001km2以上の氷河湖を対象に,ArcGIS上でマニュアルによるデジタイジングで氷河湖のポリゴンデータを作成した.氷河湖ポリゴンのシェープファイルの属性データには,撮影日,使用した衛星画像,流域名,面積,高度,氷河湖タイプ,氷河湖ID,修正日などの基本情報を加えた氷河台帳を作成した.使用した衛星画像の位置精度の検証には,Global Positioning System(GPS)レシーバーであるProMark3とLeica GPS900の高精度GPSを用いて,山岳地域の氷河湖周辺などを歩いて位置情報を取得し,比較した.また,Hexagon KH-9やLandsat7/ETM+の衛星データを用いて氷河湖の発達履歴を明らかにした.30を超える氷河湖で現地調査や湖盆図測量をおこない氷河湖体積を算出した.さらに,過去に決壊した氷河湖の現地調査や被害の特徴をまとめた.3 結果と考察天山山脈全域では,1600ほどの氷河湖(0.001km2以上)を確認した.その分布は,氷河の縮小量が大きい天山山脈外縁部で顕著な発達を示す.特に氷河湖数の多い地域は,氷河縮小が大きいプスケム地域でなく,いくつかの岩屑被覆氷河が分布するイリ・クンゴイ地域やテスケイ地域であった.一方,年降水量の少ない乾燥した天山山脈内陸部のアトバシ地域とフェルガナ地域では,氷河湖数はわずかであった.天山山脈の氷河湖のサイズ分布は,巨大な氷河湖が分布する東ヒマラヤ(ネパール東部やブータン)に比べるとかなり小さい.0.001~0.005km2のサイズが全体の7割を占める.東ヒマラヤの岩屑被覆氷河から発達する巨大な氷河湖の形成過程や平坦な地形場と違い,天山山脈では,平衡線が山脈の稜線付近にかかる小規模な山岳氷河が形成するモレーンの規模は小さく,稜線付近の急傾斜な山岳斜面の地形場は巨大な氷河湖を生み出す空間がない.さらに,氷河湖を堰き止めるモレーンは,小氷期後半~1900年代前半に形成されたため,多量のデッドアイスを含んでおり,多数の小規模なサーモカルスト湖が発達している.1970年代に撮影されたHexagon KH-9と2007~2010年のALOSの衛星データから取得した氷河湖数を比較したところ,ほぼ同数であったが1970年代から継続して存在する氷河湖は半分もなく,現存する氷河湖の多くは1980年代以降に出現したものであった.この地域では,1950~1970年代に氷河湖決壊洪水が多発したが,2000年代に入り小規模な氷河湖決壊洪水が再び報告されはじめた.これは1980年代以降に出現した次世代の氷河湖の発達によるものだと考えられる.また,数か月間~1年ほどで急激に発達して決壊する短命氷河湖も確認した.天山山脈の氷河湖と居住地の距離は十数㎞ほどで,洪水は急勾配の谷を流れるため土石流となるケースが多く,その被害は山麓の扇状地や河川沿いに限定される.2008年7月の氷河湖決壊洪水では,川沿いで被災した人々は過去の氷河湖決壊洪水を知らない新しい移住者であった.発生誘因(自然現象)である氷河湖の決壊をコントロールすることは難しいが,川沿いで暮らす人々の自然災害の知識の改善や情報公開を積極的に進める必要がある.
著者関連情報
© 2013 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top