抄録
中央アジアの山岳地域であるタジク・パミールでは,2002年8月7日に氷河湖決壊洪水(Glacial lake outburst flood: GLOF)が生じ,それにより1つの村(Dasht村; 37°17′51″N, 71°46′50″E)がほぼ消失した(死亡者は25名).こうした氷河災害は今後も同じように発生する可能性が高いことから,タジク・パミールでは適切な災害アセスメントや災害緩和策をとっていく必要がある.しかし,こうした対策を行うにあたって不可欠と思われる情報(氷河・氷河湖の特徴,氷河災害の記録・特徴,現在までに行われた災害アセスメント研究など)は,現在に至るまでまとめられていない.そこで,本研究では,これらの情報のとりまとめを文献レビューやリモートセンシング資料を用いた氷河災害発生箇所の観察,などを通して行った.以下に,このレビューワークで得られた結果の要点を記す.
① タジク・パミールではGBAO(ゴルノバダフシャン自治州)において氷河災害の危険性が高く,それ以外の地域では,むしろマスムーブメントに関係する地形災害の危険性の方が高い.GBAOにおいて想定される氷河災害は,氷河崩落,氷河サージ,GLOFに起因するものである.
② GLOFについては,2002年8月に決壊洪水を起こしたタイプの氷河湖(ゲリラ氷河湖と名づけた)への注意が特に必要である.ゲリラ氷河湖は,アジアにおけるGLOF研究の先進地域である東ヒマラヤ(ネパールやブータン)で危険視される氷河湖のタイプとは全く異なっており,次のような特徴をもつ.(1)アイスコア・モレーン上に出現する比較的小さな湖(確認されたケースで,その面積は32,000 m2),(2)排出水路をモレーン表面に持たない, (3)出現-成長-決壊のサイクルがほぼ2年間以内に収まる,(4)一度,完全に排水されても再び出現する.
③ タジク・パミールでは,氷河サージやゲリラ氷河湖の早期検出が災害アセスメント上,不可欠となる.そのためにはタジク・パミール全域(特にGBAO)において氷河・氷河湖のモニタリング調査を高頻度で継続的に行っていく必要である.こうしたモニタリング調査に最も適すると考えられるのは,北海道大学と東北大学が共同で開発した超小型地球観測衛星(雷神2)のような低コストの観測衛星を多数打ち上げて,同じ地点を高頻度(例えば1日1回)で観測するといったやり方であろう.