抄録
Ⅰ.目的
本発表では,東北地方における日本企業の進出状況とその要因について,旧植民地という歴史的背景がどのように影響してきたのかという点に注目して検討する.英語圏においては,旧植民地に旧宗主国等から多くの投資がなされた例としてインドのバンガロール等が挙げられるが,日本の旧植民地の中では大連市が事例の1つとして挙げられよう.本報告では,日系企業による海外投資という経済地理的対象を扱うが,現実に存在している地域の産業立地の要因や実態を検討するために,地域が有する社会的・政治的側面を含めた歴史的要因を含めて検討していく.
Ⅱ.大連市への日系企業の進出と立地要因の変容
対象地域である大連は,1990年代初頭には,主に製造業企業の工場を中心に中国において日系企業が最も多く進出していた都市であり,現在でも中国有数の日本企業の集積地である.また,外資の中で日本企業による投資額や投資件数の比率が最も高い点も特徴的である.日本との関係では,日本語教育が盛んな大学が14校もある上,第二次大戦後も中等教育で日本語を第一外国語として教える学校が多かった.そのため日系企業が進出した際には,日本語教育が盛んで親日的な雰囲気がある地域性や,それを背景とした地方政府による熱心な企業誘致政策といった「歴史的要因」が大きな要因となった.これに対して,2000年代以降に進出した企業では,既に進出している他の日系企業や取引先企業との近接性なども重視しており,より「経済地理的要因」も重要になっている(阿部・範2010).
Ⅲ.他の東北地域への進出状況
一方,東北三省全体への進出状況をみると,大連市を除けば日系企業の進出は極めて限定的である点も指摘できる.例えば,大連市以外で日系企業の進出が比較的多い地域である長春市の場合,同市に本社を置く中国の国有企業であり,国内最大級の自動車メーカーである第一汽車との提携のために,自動車関連の企業が進出している例が多い(柳井・阿部2013).そのため,東北地方全体というスケールでみると,日系企業の進出要因として,歴史的背景が多少なりとも影響を与えた事例は大連市のケースのみであるといえよう.以上の検討結果は,日系企業進出の歴史的背景の影響を検討する際にも,分析する地域スケールの違いにより,全く異なる考察が成り立ち得ることを示す一例であろう.
Ⅲ.今後の展望
また大連市においても近年では,中国の他都市との誘致競争の激化や,賃金等の物価の高騰による進出企業数の減少,日本市場自体のプレゼンスの低下等の課題もある.また2000年代前半までは,音声業務を行う日本語コールセンターの進出もみられたが,2006年以降は,人件費等のコスト上昇等の要因により進出数が頭打ちになっており,規模の縮小や他の業種に転換する進出企業も増えている(阿部2012).進出企業の今後の発展戦略としては,日系企業の技術やノウハウを活用しながら,輸出指向のみならず中国国内市場にも目を向けた事業拡大を目指す必要がある.大連も「日系企業の進出先」としての役割だけでなく「東北経済の拠点都市」に転換して行くと予想される. 具体例として,瀋陽市に本社を持つ企業であるが,大連にも5,000人規模の事業所を設立しており,ソフトウェア受託開発やソリューションビジネスの分野で有名な東軟集団株式会社の事例を挙げる.同社は中国東北大学と日系企業の出資により設立され,日本企業との取引を通じて発展してきたものの,それと同時にソリューション事業において中国国内市場で高いシェアを獲得するようになっている.また外資系企業との取引においても,非日系企業との取引も増えているとみられ,現地企業の脱日本化が進んでいると考えられる.
文献
阿部康久2012.中国大連市に進出した日本語コールセンターの存続状況.地理科学67,51-69.
阿部康久・範 晶2010.中国における日系機械器具製造業の立地環境の変容―大連経済技術開発区進出企業を事例として―.地理科学65,266-283.
柳井 雅也・阿部 康久2013.立地上の条件不利地域における日系自動車産業の展開-中国長春市の日系企業を事例として-.小島泰雄編『中国東北における地域構造の変化に関する地理学的調査研究 : 長春調査報告』科研費調査報告書(http://hdl.handle.net/2433/179530),36-47.