日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 208
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発表要旨
遠隔離島における電子商取引の浸透と商工業への影響
小笠原父島の事例
*上村 博昭箸本 健二
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抄録

1.はじめに
 情報化社会の到来は,社会に多面的な影響を与えた.そのなかで,産業活動に大きな影響を与えたのは,電子商取引(e-commerce)だといえよう.電子商取引は,インターネットなどの情報通信技術を介し,財・サービスの販売などを取引する活動であるが,日本では,その市場規模が現在まで拡大してきたとされる.
電子商取引は,サイバースペースで行われる取引なので,通信インフラの整備が進めば,地理的制約は受けにくい.そのため,従前よりも産業活動に伴う地理的制約を緩和する.しかし,財の送達には物流体制の構築が不可欠であるほか,取引相手の信頼性などが,電子商取引の課題となっている.地理学では電子商取引そのものに限らず,各地域の商工業活動に与える影響も議論の対象となる.とくに,遠隔度の高い地域では,外部との経済的つながりが薄かったため,電子商取引浸透の影響は大きいものと推察される.
本研究では,遠隔度の高い地域である小笠原諸島・父島を対象に,電子商取引の浸透が島内の商工業に与えた影響を検討する.電子商取引と小笠原村の概況は,文献サーベイと資料分析,小笠原父島における電子商取引の浸透とその影響はヒアリング調査によって,把握・分析した.
2.対象地域の概要
 2010年国勢調査によれば,小笠原村の人口は2,785で,微増傾向にある.同年の高齢化率は9.2%と低く,高齢化は進んでいない.これは,歴史的な経緯,地理的遠隔性の影響もあるが,小笠原諸島が観光拠点であることと関係する.小笠原諸島は,2011年に世界自然遺産へ登録されたほか,ダイビングや史跡観光などが盛んで,観光関連産業が発達した.離島統計年報によれば, 2010年3月から2011年2月までの1年間に,約28万の観光客が小笠原を訪れている.
 小笠原村の産業を概観すると,就業者数(2010年)は1,921で,うち公務が564,建設業が284と多いが,飲食・宿泊業220,卸・小売業88なども多い.また,経済センサスによれば,事業所数は公務を除いて266と少なく,1事業所あたり従業者数は5.4人と,比較的小規模である.
 小笠原諸島では,近年に通信基盤の整備が進んだが,それと並行して,電子商取引が浸透した.住民を対象にインターネット利用動向の調査を行ったArai(2013)によれば,回答者の9割以上は通信販売を利用し,しかも,その割合は2007年から2013年の間に増加したとされる.
3.本研究の知見
 父島の商工業者10件へのヒアリング調査を通じて,島内での電子商取引の浸透が,商工業者に脅威と認識されたこと,また,その対応を商工業者が模索していることが確認できた.ただし,Arai(2013)が示したように,島内住民がネット通販で購入するのは,書籍・文具などが多く,これらの業種の商工業者が,脅威と捉える傾向がみられた.
 その一方で,商工業者は電子商取引の長所に着目し,その積極的な活用を図った.小売店における電子受発注システムの導入,土産品の製造業者によるネット通販での原材料調達などの仕入行動と,ネット通販による土産品の対外的な販売などがある.ただし,商工業者なかには,電子商取引に関心を持たず,対応を検討していない例もみられた.
 遠隔離島の小笠原諸島で電子商取引が浸透した要因は,通信条件の改善などのインフラ整備のほか,船便輸送への行政の補助,若年層が多い人口構成のほか,観光関連産業の発達による仕入・物販ニーズの存在を挙げられる.このような条件のもとで,遠隔離島において商工業の競争環境が変化し,電子商取引への対応も進んだと解釈できる.
参考文献
Arai, Y. et.al. 2013. Broadband Deployment and Living in the Island : A Case Study in Ogasawara, Japan. Paper Presented at IGU Kyoto Regional Conference, 2013, Kyoto, Japan (Aug. 5th) .

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© 2014 公益社団法人 日本地理学会
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