抄録
1. 背景と目的 近年,日本の地方都市中心部では,フードデザート(食の砂漠)問題が深刻化している.同問題の要因は多岐にわたるが,その問題を抱える住民の多くは,自家用車を所有しない交通弱者である.本報告では,フードデザート問題の解決・緩和に向けて,交通の側面から資する方策について検討する. 2. フードデザート問題とは フードデザート(食の砂漠)とは,生活環境の悪化のなかで健康的な食生活の維持が困難となった,都市の一部地域を意味する.中心商店街が衰退した地方都市中心部や,高齢住宅団地などがその典型例である.そのような地域には,自動車を所有しない高齢者が多く居住しており,モータリゼーションの進展によって商業機能の郊外化が促進された結果,食料品販売店に容易に訪れることが難しくなった.また,セーフティネットとして機能するはずである地域コミュニティ機能が衰退したことも,問題の深刻化に影響している.住民から店舗への空間的なアクセシビリティの悪化といった空間的側面のみに注目する「買い物弱者」や「買い物難民」とは異なり,フードデザート問題は地域コミュニティのソーシャルキャピタルや社会的排除など,社会的側面まで考慮している. 3. 住民のモビリティと買い物行動 地方都市では自動車普及率が高く,住宅地や商業機能の郊外化が著しい.上述の通り,都市中心部に居住する高齢者の自家用車所有率は低く,自身で運転する高齢者の割合はM市中心部で約25%,T市中心部では約39%にすぎない(岩間編,2013).自家用車を所有しない高齢者の多くは,自転車や徒歩で買い物に出かける.都市中心部であれば,不便ながらもある程度の時間をかければ生鮮食料品販売店にたどり着けられるものの,郊外住宅団地や農山村では自家用車がなければ買い物は非常に困難となる(薬師寺ほか,2013). さらに,フードデザート問題には上述の空間的要因のみならず,社会的要因も深く関わっているケースも散見される.社会的なつながりが弱くなっている地域では,空間的アクセスが良くても,食料品の購入状況や健康状態が悪化していることがある.すなわち,空間的アクセスを改良するだけで,必ずしもフードデザート問題が解決できるわけではないことに留意されたい. 4. フードデザート問題に対して交通面からできること フードデザート問題は,種々の要因があるために,容易に解決できるものではなく,地域によっても効果的な対策は異なる.食料品の入手方法は,単純化すれば「①(住民から食料品への)アクセス改善型」と「②(食料品を住民のもとに運ぶ)配達型」の二つのパターンに集約される.①は住民の買い物行動を促進する手段であり,公共交通や買い物バスが分類される.②には買い物代行サービスやネット通販等の宅配が分類される.特に宅配に対しては,民間企業からもビジネスチャンスと捉える向きがあり,関係者からの期待も高い.ただし,買い物は単に食料品を入手するだけではなく,外出する機会や,人と接する機会を提供するものである(田中,2010).社会とのつながりを維持しつつ,健康な生活を支えるためにも,自ら動き,外出して,買い物ができるように,交通面からみた住民のモビリティの維持・促進が肝要である. 参考文献 岩間信之編著 2013.『改訂新版フードデザート問題―無縁社会が生む「食の砂漠」』農林統計協会. 田中耕市 2010.交通面からみたフードデザート問題--買物バスの試みに注目して (特集 食の砂漠:フードデザート).地理 55(8):33-42. 薬師寺哲郎・高橋克也・田中耕市 2013.住民意識からみた食料品アクセス問題 : 食料品の買い物における不便や苦労の要因.農業経済研究 85(2):45-60.