抄録
1. はじめに
大雪山に源を発する石狩川の上流部は、約3万年前に御鉢平で発生した火砕流堆積物「層雲峡溶結凝灰岩」により堰き止めを受けた(勝井ほか、1979;目次、1987)。この時発生した堰止湖は古大雪湖と呼ばれ(笹木、1980;高橋ほか、2002)、古大雪湖発生に伴う段丘形成と湖成堆積物の存在が指摘されてきた(天井澤・高橋、2002;天井澤ほか、2004)。 一方で本研究において、分布標高から古大雪湖成とは明らかに異なる湖成堆積物を確認した。また判読を行う過程でアウトウォッシュプレーンおよびモレーンと考えられた地形についても報告を行う。
2. 湖成堆積物の分布
古大雪湖の湖成面は堰き止め標高の推定(天井澤ほか、2004)、標高910~1,070 m付近まで勾配のほぼ一定な段丘面(白楊平面)の存在から、標高910 mと推定される。一方湖成堆積物は標高750~1,210 mまで、層雲峡より上流の広い範囲で見られる。特にホロカイシカリ一の沢沿いに標高940~1,210 mまで比較的連続して分布している。 ところで、石狩川の流域界を成す山地は層雲峡より上流では現在、標高1,050 mの石北峠に規定される。このため少なくとも標高1,050 mより高標高の湖成堆積物は第四紀中期以前の所産であるか、支谷内の部分的な堰き止めを要因とするものであると言える。しかしホロカイシカリ一の沢だけの部分的な堰き止めの原因となるような地形や堆積物は確認できていない。またこの沢では湖成堆積物が270 mの標高差をもっており、部分的な堰き止めでは湖成堆積物の連続的な分布を説明し難い。
3. 湖成堆積物の年代
ユニ石狩川上流、狭窄部出口付近の湖成堆積物中木片から新たに年代値を得たので報告する。湖成堆積物は標高900 mの河床から6.2 m露出し、これを層厚約2 mの亜円礫主体の段丘堆積物が不整合に覆う。湖成堆積物は岩相から区別され、下位4.4 mは軽石・砂主体であるのに対して上位1.8 mは軽石を含まないシルト・砂互層である。木片はシルト・砂互層の基底上17 cmから得られ、AMS年代を測定したところ31,430±170 yrBP(IAAA-131733、δ¹³C補正あり)の年代値が得られた。これは「層雲峡溶結凝灰岩」の堆積年代とほぼ一致しており(勝井ほか、1979;中村・平川、2000)、このシルト・砂互層は古大雪湖発生初期に堆積したと考えられる。またこのことは、古大雪湖の湖水位が堰き止め発生後、比較的短期間で満水位に達したと推定したことと調和的である。 古大雪湖の最高湖水位より高標高にも湖成堆積物が広く分布することから、古大雪湖以前にも湖が存在したことは確実である。しかし堆積学的・層序学的に古大雪湖以前の湖成堆積物を全て同時代と判断できる証拠は見つかっていない。
4. アウトウォッシュプレーンおよびモレーン
白楊平面は現在の大雪湖より上流の本流沿いにのみ分布する連続的な発達の良い段丘面である。段丘堆積物は大礫大の円・亜円礫を主体とする砂礫層であり、層厚は15 m以上になる。 この白楊平面に沿う形で堤防状の小丘列が存在する。エイコの沢出口左岸付近では本流流路を遮る方向に3列雁行している。またこの地点から支流を挟んで上流側にはこの小丘列群に連続すると見られる、本流流路に平行な堤防状地形が存在している。 白楊平面と堤防状小丘列群の地形的特徴および配置から、これらはそれぞれ氷河作用に伴うアウトウォッシュプレーンおよびモレーンと見られる。モレーンはその形態から氷河の断続的な後退による3列のターミナル(リセッショナル)モレーンと、このターミナルモレーンに連続する流路に平行なラテラルモレーンであると考えられる。アウトウォッシュプレーン、モレーンとも形成時期は不明だが、分布標高やモレーンの保存状態から最終氷期前半以前と推定される。
5. まとめ
石狩川上流で約3万年前以前にも湖が存在していたことが明らかとなった。この堰止湖の発生は白楊平面と湖成堆積物の分布標高から、白楊平面以前に発生したことが確実である。年代は明らかにできていないが、白楊平面が最終氷期前半以前と推定されることから湖の発生も最終氷期前半以前と考えられる。また古大雪湖より古い湖成堆積物の岩相層序学的な判別はできておらず、古大雪湖以前に複数回の堰き止めが発生した可能性もある。そして最も古い堰き止めについては第四紀中期以前に遡る可能性がある。 アウトウォッシュプレーンおよびモレーンは主に地形的特徴からその可能性を指摘した。今後はさらに上流の氷河地形との対比と合わせ、堆積学的検討も行う必要がある。