抄録
Ⅰ 研究目的 秋吉台のカルスト台地上では,年に一度おこなわれる山焼きにより草原が維持され,石灰岩が露出したカレンフェルト地形が広がる。しかし近年,採草地としての需要低下や山焼き時の人手不足等により,草地面積は縮小傾向にある。放置された草原は,スギやヒノキの植林地や,落葉広葉樹や常緑樹の混交林へと変化している。そこで本研究では,この台地上において草地から森林に変化した地域を選び,森林環境下になったことで石灰岩表面に進入した蘚苔類の分布を調べるとともに,蘚苔類がその下部の溶食形態に及ぼす影響を明らかにすることを目的とし,調査をおこなった。
Ⅱ 地域概要および調査方法
1.調査地における植生の変化
調査地域は,秋吉台の真名ヶ岳(標高約350m)の東斜面にあるドリーネを選定した(図1)。この地域は1948年に米軍により撮影された空中写真では草地で,1968年撮影の空中写真では少なくとも森林に変化している。なお,このドリーネでは2013年7月にスギの伐採がおこなわれており,切り株の樹齢から約50年経過した植林地であることがわかり,空中写真の結果とも調和的であった。さらに,石灰岩の表面には直接降雨が流れることによりリレンカレンという溝状の溶食凹地形が形成されるが,本調査地域では,台地上の草地ではみられない蘚苔類に厚く覆われたリレンカレンが存在する。森林下でのリレンカレンの存在は,この地域が長く草地であったことの指標として捉え,その形状(幅と深さ)を計測した。
2.ピナクル表面に付着した蘚苔類
調査では,簡易測量にてドリーネの南北断面を計測し,南向き斜面と北向き斜面において,ドリーネ底からの比高によりそれぞれドリーネ上部・中部・下部に分類した。各地点において,高さ1m以上の最も蘚苔類が繁茂しているピナクルを選び,蘚苔類の植被率と腐植土の有無を調べた。
Ⅲ 調査結果および考察
1.ドリーネ斜面における蘚苔類の分布と腐植土
ドリーネ内のピナクル上では,約17種の蘚苔類が確認されたが,斜面方位によって蘚苔類の植被率に違いが見られた。すなわち,北向き斜面に露出するピナクルの方が,南向き斜面よりも植被率が高い。また,各ピナクルにおける植被率は,ドリーネ上部に面した側よりも,ドリーネ底に面した側の方が高い傾向にあった。これは蘚苔類の分布がドリーネ地形の環境に既定されているものと考えられる。腐植土の生成については蘚苔類の種によって違いが見られ,南向き斜面のドリーネ上部で優占するアツブサゴケ(Homalothecium laevisetum)群落で最も発達していた。
2.蘚苔類の被覆下にあるリレンカレンの形状
蘚苔類に覆われたリレンカレンの形状を計測した結果,幅2.8~5.3cm,深さ0.5~1.4cmであり,羽田(2007)で計測した草地上での形状とほぼ同じ分布範囲を示すことがわかった。付着した蘚苔類を剥がすと蘚苔類の根は微細な石灰岩片を抱え込んでおり,物理的風化の促進が考えられたが形状値には明瞭な差はない。すなわち,植林後50年程度で生じた蘚苔類の根(仮根)では,元々のカレンの形状を変える程の物理的風化は生じていない。今後は,蘚苔類下に生成された腐植土の影響等も考慮し,環境変化に伴う生物風化作用について明らかにすることが課題である。