抄録
1.はじめに 日本の山岳地域には,広く湿地が分布しており,景観の美しさや生物相の特異性から保護・保全の対象となることが多い.湿地の環境応答性や発達過程などを知るには,周囲の気候・水文環境だけでなく地形を含んだ総合的な理解が必要であり,環境保全の立場からも地形学的な湿地の理解が求められている.日本のような湿潤変動帯では地すべりが山地解体の主要な要素となっている.近年では,地すべり地が創り出す景観および生物の多様性にも注目が集まっている(e.g. Geertsema.2007).地すべり地の景観を特徴づける代表的な要素の一つとして湿地が挙げられる. 本研究では,様々な成因の湿地が混在し,多様な規模の地すべりによって山地が解体されつつある八幡平火山群を研究対象地として,地すべり地内の湿地の特徴と発達過程を明らかにすることを目的とする.「湿地」は水分が豊富な様々な地表状態を指す言葉である.本研究では,湿地の中でも特に,湿性の草原を指す場合には「湿原」を用いる. 2.研究方法 リモートセンシング画像および数値標高モデル(DEM)を用いて,八幡平火山群内の湿地すべてを対象に分布および湿地の特徴(面積,湿地タイプ)を調査し,地形との関係を明らかにした.さらに,代表的な大規模地すべり地の微地形分類をおこない,地すべり土塊の発達と湿地発達についても検討した. 3.八幡平における湿地の分布と特徴 八幡平火山群内の599の湿地のうち,地すべり地(土塊+滑落崖)に存在するものは185(個数割合33.2%)で,全湿地面積に対する割合は63.7 %であった.地すべり地外の湿地は,主に,奥羽山脈の主稜線沿いの火山原面に集中して立地する雪田であった.一方で,地すべり地内の湿地は地すべり地内全体に分布し,地すべり地の上部では滑落崖の下方に滑落崖と平行な大規模な凹地が,下部の堆積域では小規模な凹地が豊富な湧水で涵養されて池沼が形成される傾向にあった. 4.大規模地すべり地内の湿地の多様性
代表的な3つの大規模地すべり地「菰ノ森地すべり地」「八幡沼南地すべり地」「茶臼岳南地すべり地」に立地する湿地の分布と特徴を検討した.すべての地すべりの微地形構成はYagi(1996)の複合型で特徴付けられる.土塊の分化が進むほど湿地は小規模となる傾向があり,副次的な地すべり土塊にも湿地は形成されている.また,土塊の開析が進み,閉塞凹地に排水路が形成されると,池沼から湿原へと発達段階が前進すると推測できる.地すべり活動による地形改変は様々な形成年代の湿地を生み出し,その後の土塊の侵食で多様な発達段階の湿地が地すべり地内には共存していると予測できる. 引用文献 Geertsema et al. (2007) : Geomorphology 89, 55-69. Yagi, R. (1996): The science reports of the Tohoku University. 7th series, Geography 46, 49-89.