日本地理学会発表要旨集
2015年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 302
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発表要旨
アンコール遺跡における乾季と雨季の熱環境
*藁谷 哲也比企 祐介
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抄録
1.はじめに
カンボジア・アンコール遺跡では,世界遺産に指定されている石造寺院の保存・修復のため,樹木伐採が進められてきた。樹木が建築物に載る場合,その成長は建築物への積載荷重の増加や石材への根茎侵入などをもたらす。このため,樹木伐採は建築物の保存・修復に必要な措置である。一方,石造寺院周辺の樹木,とくに緑地は気温の急激な上昇や蒸発量の増加を抑制し,これらに由来する石材劣化を妨げる働きをもつと考えられる。したがって,石造寺院周辺の樹木伐採は,遺跡の保存・修復にとってマイナスになるとは限らない。筆者らは,このような樹木伐採やオープンスペースの存在が,アンコール遺跡の熱環境に変化をもたらし,石材の風化に影響を与えていると考えた。そして2014年3月の乾季にアンコール・ワット(以下,ワット),バンテアイ・クデイ(クデイ),タ・プロム(プロム)寺院などを対象に気温分布を調べた。しかし,現地は乾季と雨季の交替する熱帯の気候環境にあることから,雨季においても乾季と同様の熱環境が作られているか不明である。そこで本発表では,2014年3月(乾季)と9月(雨季)に測定した気温分布の結果を報告するとともに,二つの時季の比較を通じて,アンコール遺跡における年間の熱環境について考察する。
2.研究の対象寺院と方法
研究対象に選定したのは,シェムリアップ州に位置するワット,クデイおよびプロム寺院の3箇所である。これらの寺院は,12世紀後半のクメール王朝時代に砂岩やラテライトの組積造によってつくられたがその後放棄され,19世紀後半になって深い森林の中から発見された。いずれの寺院も,1992年にアンコール遺跡としてユネスコ世界遺産に登録され,保存・修復事業が進められている。植生の被覆状況はそれぞれの寺院で異なり,とくにワットでは中央祠堂にいたる西参道と祠堂周囲のオープンスペースが広い。またプロムのみ,建築物上や祠堂内部まで樹木が侵入・成長している。これは樹木伐採に伴う建築物崩壊を避けるための措置で,プロムは発見当時に近い状況を今に残しているとされる。 気温測定は,それぞれの寺院に温・湿度を4分間隔で計測するロガーをおよそ40基,100~200m間隔に設置しておこなった。ロガーは放射避けシェルターに入れ,地上高約150cmに設置した。測定は乾季が2014年3月16~21日,雨季が9月7~13日の期間に実施した。
3.結果とまとめ
乾季の測定では,日最低気温を示す6時にワットの西参道で25.7℃,緑地で24.3℃を示し,温度差は1.3℃と小さい。この傾向は雨季にも認められ,両地点の6時の温度差も1.3℃であった。日最高気温は,14~15時にかけて出現した。この時間帯に乾季の参道では36.0℃の最高気温が示され,緑地より2.4℃高くなった。雨季にはこの差はやや大きく,3.0℃となった。 クデイでは,乾季に祠堂内のロガーが6時に26.4℃,緑地のそれが24.6℃を示し,温度差は1.8℃となった。雨季の6時における祠堂内と緑地の気温は,それぞれ25.8℃,24.1℃であり,差は乾季とほぼ同じ1.7℃であった。一方,乾季の14時,祠堂内と緑地の気温はそれぞれ36.0℃,33.0℃を示し,温度差は2.9℃となった。雨季は,14時に祠堂内で32.8℃,緑地で29.3℃となり,その差は3.5℃とやや大きい。 プロムでは,乾季の6時に祠堂内で25.8℃が示され,緑地との温度差は2.6℃であった。雨季は6時にそれぞれ25.3℃,23.6℃を示し,温度差は2℃と小さくなった。乾季の14時には,最近の樹木伐採で出現したオープンスペースで35.6℃,緑地で32.5℃を示し,その差は3.1℃であった。雨季ではそれぞれ32.1℃,27.4℃となり,温度差は4.7℃の最大値を示した。 これらから対象寺院においては,建物内・周囲と緑地との温度差が14~15時にかけて大きくなることがわかった。この温度差は,乾季に2.4~3.1℃,雨季に3~4.7℃の範囲を示し,雨季に大きい。とくに,樹木伐採エリアと緑地との気温差が大きく示された。
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© 2015 公益社団法人 日本地理学会
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