日本地理学会発表要旨集
2015年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1205
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発表要旨
大規模地すべりが日本アルプスの生態系の発達に与える影響
*高岡 貞夫
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抄録

1.はじめに
地すべりは地形学や防災科学の研究対象として研究が進められてきたが、地すべりが多様な生態系を形成する上で重要な役割を担っている点が注目され、日本の山地においても早くから地生態学的研究がおこなわれてきた(例えば小泉 1999,宮城 2002,三島ほか 2009,佐々木・須貝 2014)。日本アルプスでの研究は必ずしも多くないが、本地域は地すべり地特有の地形や地形プロセスが生態系の発達、特に植生景観や地域のフロラの形成にどのような役割を果たしてきたのかを体系的に研究する場を提供してくれる。 本講演では主として植生の成立に着目して、生態系の構造とその発達に対して地すべりが長期的にどのようにかかわってきたのかを解明することの意義と課題を述べる。 なお、本稿では地すべりを広義の意味で用い、また、必ずしも大規模でないものにも言及する。  

2.生態系の構造を規定する地すべり
地すべりの発生によって、その土地の植生は改変される。日本の主要な森林における林冠ギャップの平均面積は30~140 m2であり、大きなものでも400 m2程度であるが(Yamamoto 2000)、大規模地すべりは森林全体を破壊するような攪乱である。その強度・影響度は地すべり地内で一様でなく、地すべり発生以前の植生が部分的破壊を受けつつも移動ブロック上に残存する場合、土壌や埋土種子等(生物学的遺産)が残存して二次遷移が始まる場合、裸地が形成されて一次遷移が始まる場合など、さまざまである。 また、地すべり地には急崖、凹地、小丘、岩礫地、湿地、池沼などが形成され、斜面の安定性、表層構成物質の乾湿、微気候条件などの違いを有する多様な環境が混在する場が形成される。地すべり発生後の植生遷移は、こられの環境の違いにも影響を受けながら進行すると考えられる。 このように地すべりを契機として形成される、地すべり地を空間単位とする生態系を、本稿では地すべり生態系とよぶ。

3.地すべり生態系の発達過程
地すべりによって新しく形成された地表で起きる植生発達は、地すべり発生前に成立していた極相に向かって遷移が進んでいくケースばかりではなく、土地的特性(岩塊原や凹地など特殊な土壌や微気候がつくる環境)と結びついて成立した植生が長期的に維持されるケースや、急崖など不安定な斜面に攪乱に対応する性質を持つ種が優占する植生が継続的に成立するケースなども考えられる。 このような植生発達の過程を知るには、長期的視点で現象をとらえ分析することが必要であるが、その重要性が指摘されながら実証的な研究は少ない(菊池 2002,高岡 2013)。長期的な変化過程を通時的に観察することは古生態学的手法を取り入れてもなお限界があるので、発生年代の異なる地すべり地を比較し類型化することを通じて間接的に時間変化を推測する必要があるが、それを行うのに十分な地すべり地が日本アルプスには存在する(苅谷ほか2013)。

4.地すべり生態系の多様性
地すべり生態系の発達の仕方が地すべり地によって異なるのは、上述したような時間の長さに依存したものばかりではないであろう。例えば地形・地質条件を反映して地すべりの発生様式が異なれば、地すべり地内に生じる地形の構成や生物学的遺産の有無も異なるであろうし、類似した発生様式による地すべり地であっても、気候の違いによって異なる植生発達過程が進行することも起こりうる。 日本海側から太平洋側の気候区にかけて位置する日本アルプスは、気候や地形・地質条件の違いを考慮しながら地すべり生態系そのものの多様性を広域的に比較検討する場として適した場所であるといえる。

5.日本アルプスでの検討事例
ここで地すべり生態系の一要素である池沼を取り上げる。日本アルプスを含む中部日本の標高2000m以上の地域に存在する約50 m2以上の面積を有する池沼304個のうち、202個(66.5%)は地すべりや重力変形によって形成された凹地に存在する(Takaoka 2015)。これら202個の池沼は積雪が多い地域ほど出現頻度が高く、また地質分布も出現頻度を左右している。地すべり成の池沼は、面積、出現標高、形成年代、水質、周囲の植生などの点で同地域内の火山成、氷河成の池沼とは異なる特性を持ち、水性生物に重要な生息地を提供している。

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© 2015 公益社団法人 日本地理学会
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