日本地理学会発表要旨集
2015年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 105
会議情報

発表要旨
フィリピン・ルソン島中央平原パイタン湖周辺における 後氷期以降の環境復元
*田代 崇
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
本研究では、西部熱帯太平洋海域に位置するフィリピンの後氷期における古環境復元をおこなうことを目的とし、同領域に位置するパイタン湖より得られた湖底堆積物試料から復元された約8,300yrsBP以降の古植生環境と古気候変動の関係性を議論した。特に、乾燥指標植物と考えられるコゴン草原の卓越期と粒度分析から得られた湖水位変動記録との関係からローカルな地域における乾湿変動を復元し、周辺地域における復元記録との関係性に関して考察をおこなった。分析試料は、乾季の終わりで最も水位が低下する時期(4~5月)に、標高約65m、崖面からの距離約350mの湖南西岸(15°50’05.0”N、120°43’41.9”E)において採取した。 粒度分析は、試料中の欠如、攪乱部分を除く試料から、 2㎝毎に試料を採取し、計247点でおこなった。植物珪酸体分析は、粒度組成データに対しクラスター分析(K-mean)をおこない、4つの粒度組成タイプとして分類し、それぞれの堆積タイプ(Type1:陸化型、Type2:湖岸型、Type3:遷移期型、Type4:湖心型)に該当する典型的な複数の試料計42点を対象におこなった。粒度分析結果から推定された湖水位の変化は、降水量の変化を反映すると考えられることから、本試料の各層が堆積した環境は、降水量が多い時期には湖水位が上昇することにより湖心に近い堆積環境が形成され、降水量が減少した時期には、水位が低下することにより湖岸部に近い堆積環境となることが推定される。したがって、前者の堆積環境のもとでは、中央粒径が小さくなると共に淘汰も進み、後者の場合、淘汰が進まず、中央粒径が大きい物質が堆積することから、この変化が乾湿変動と関係するものと考えられた。次に、植物珪酸体分析の結果と粒度組成から推定された湖水位変動を乾湿環境に読み替え、これらの関係を分析した。この結果、Type1からType4に対応するコゴン(乾燥指標)の植物珪酸体の含有率は、一部のタイプにおいて幅があるが、平均ではType1からType4に従って含有率が低下する傾向が認められた。また、逆に木本型(湿潤指標)の植物珪酸体の含有率は、Type4~Type1へ従って上昇する傾向が認められた。以上より、Type1からType4への堆積環境の変化は、植生から復元した乾燥から湿潤への変化と概ね対応しており、湖水位変動と古植生環境は、相互補完的に乾湿環境を支持すると考えられる。また、これを基に推定される対象地域の乾湿変動は、8,300~7,300yrsBP間は乾燥期、7,300~5,900yrsBP間は湿潤期、5,900~5,700yrsBP間は乾燥期、5,700~2,800yrsBP間は弱い湿潤期、2,800~2,400yrsBP間は乾燥期となった。対象地域以外のアジアモンスーン地域の陸域においておこなわれてきた乾湿変動の復元記録と本研究の結果の対応関係を考察した。これらの乾湿変動記録を概観すると、6,000yrsBPを境とする前後で傾向の変化が見られた。8,000~6,000yrsBPまでの期間では、対象地域以外の全地点が湿潤傾向にあるが、対象地域のみに8,000~7,000yrsBPに極端な乾湿変化を示す傾向がみられた。一方、7,000~6,000yrsBPにおいては全地点で湿潤傾向が示された。これらの結果より、本研究対象地域を含む熱帯モンスーン地域一帯では、少なくとも約7,000~6,000yrsBPにおいて気候最適期もしくはヒプシサーマル期の温暖湿潤傾向が一様に現れている可能性が考えられた。また、熱帯域において対流活動の指標とされているSSTと対象地域で復元された乾湿環境の変化の関係を分析することで、これら乾湿変動の発生メカニズムに関する考察をおこなった。西部熱帯太平洋海域におけるSSTの高温状態は、対流活動が活発な状態を示すと共に、その海域が湿潤状態であることを示し、SSTの低温状態は、対流活動が不活発な状態を示すと共にその海域が相対的乾燥状態にあることを示す。これを考慮し、同海域におけるSSTの変動と本試料において復元された乾湿変動との関係を分析した結果、約8,000~6,000yrsBP間においては、周辺海域においてSSTが高温である期間に湿潤傾向があり、SSTが低温である期間に乾燥傾向があることが示された。今後の課題としては,対象地域の乾湿変動と対流活動との関係をより高い時間分解能で解明する必要が挙げられる。
著者関連情報
© 2015 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top