抄録
1.研究目的
ある地域で起り得る災害を予測し備えておくためには、当該地域における災害履歴だけでなく、災害発生時の被害や前後の実態を知ることも不可欠である。また、被害状況は自然環境だけでなく社会環境によっても異なってくるため、包括的な観点からの事例のとりまとめや検討が必要となる。本研究は、歴史的にも多くの水害に見舞われてきたにも関わらず、過去の水害をめぐる人文・社会的観点からの研究はなされていない紀伊半島の熊野川流域に点在する小規模集落を対象として、当該地域の水害を取り巻く社会環境に焦点を当てる。流域内に大きな被害を出した1953(昭和28)年9月の台風13号水害(以下、S28年水害)及び、2011年(平成23)年9月の台風12号水害(以下、H23年水害)時の状況に関する比較を行い、地域社会の変化が災害対応に与えた影響や、当該地域における度重なる過去の災害の経験や知識がいかに活かされているか、という点についても着目する。
2.対象地域と方法
本発表では、熊野川流域内でも特に、S28年水害とH23年水害で被害を受けた和歌山県新宮市熊野川町能城山本地区、同西敷屋地区の事例を紹介する。文献調査やインタビュー調査を主な手法とし、過去の水害時の状況や災害後の対応を探るために地方新聞(熊野新聞、紀南新聞)を収集したほか、S28年、H23年両水害前後の状況や、被災後の対応状況、災害に対する「伝統知」の有無などについてインタビューを行った。
3.結果
(1) 被災時の状況:過疎・高齢化がもたらす災害リスク
国勢調査(H22)によると、西敷屋地区の年齢別人口は、総人口53名のうち60歳以上の人口の占める割合が約8割、さらに全体の4割を80歳以上が占める。さらに、平成7年時に比べ平成22年の地区人口は3割減となっており、全体として人口減少と高齢化が進行している。地域の過疎・高齢化について、地域住民は「(平時においては)生活に支障はない」と口をそろえる。一方で、S28年とH23年を比較すると、S28年水害時には若い人が多く住んでいたので避難も片づけもスムーズに行われたが、H23年水害時には、高齢者がほとんどであったため、避難に時間がかかった他、途絶環境において外との連絡が取れなかったこと、洪水後の片づけも時間がかかったこと、など、地域の高齢化がもたらした新たな災害リスクが浮き彫りになった。また、S28年時に比べ電子機器の普及が進んだ現代では、家具・電化製品の水没にともなう経済的な負担が増大していることなど、現代化が与える影響なども改めて浮き彫りとなった。
(2) 被災後の対応
①浸水禍を避ける農業暦の工夫
現在、当該地域では、5月1日ごろに田植えを実施し、8月下旬に刈り取りを済ませる農業暦となっているが、新聞記事などにより、昭和28年水害を契機として、熊野川町を含む東牟婁地域一帯では、しばしば本地域に水害をもたらす台風シーズンを前に刈り取りが終了するよう、水稲の早植が奨励されたことなどが明らかになった。
②H23年水害後自主防災組織の再結成
H23年水害時の反省をもとに、地域住民たちによる「自主防災組織」の再結成など、新たな取り組みもなされるようになった。これに関して、行政サイドからは「共助」「自助」の重要性が指摘されているものの、都市防災における「自助」・「共助」と、人口の減少や高齢化が進む本対象地域における「自助」・「共助」は、当然分けて考える必要がある。本地域の実情に合わせた減災システムの構築が今後の課題である。
(3) 災害の「経験」「記憶」の伝承について
本研究では、水害常襲地域において蓄積された「伝統知」の発掘を試みている。その中で、水害時の経験に関しては、次世代に語り継がれている一方で、水害時に避難するために高台に建てられた「上り家」が使われなくなっている現状や、水神信仰に関わる祠が廃れてしまっている現状も浮かび上がった。
本研究は、平成25年度奈良女子大学研究推進プロジェクト「熊野川流域における災害の備えと対応の地域誌―災害に備える知恵・技術、対応の仕組みの体系的整理とデータベースの作成-」(代表者:渡邊三津子)の研究成果の一部である。