抄録
本研究は新たな品種の開発と採用に関する主体間関係を情報交換や出荷形態に着目しながら連続的に分析することで果樹生産地域における品種イノベーションの構造を明らかにすることを目的とした.ここで品種イノベーションとは農業イノベーションのなかでも,新品種の開発や地域に新たな品種あるいは品目がもたらされることである.
果樹部門の新品種開発は主に主産地にて活発であるが,なかでも2番手以降の産地において積極的であった.そこで,嗜好に即した新品種の開発や普及の盛んな長野県の品種開発と,長野県須高地域における新品種の採用について現地での聞き取りを中心に調査をした結果,以下のような特徴がみられた.
開発において重要な主体は開発機関の果樹試験場はもちろんのこと,当該機関と多くの情報を頻繁にやり取りする「うまいくだもの推進事業」の参加組織(県内の農協,行政,市場)や果樹研究会(県内農家による組織)であった.さらに,果樹試験場に教育機関が併設されているので,老若男女の様々な意見を開発に活かすことができた.
果樹生産地域における新品種の採用では,農家と情報提供先との紐帯の強さや情報量,主たる出荷形態に関係を見出せた.主たる出荷形態が農協出荷や地元市場への出荷の農家は労働力が確保できれば品種更新に積極的であり,農協が主催する品種検討会にて品種の採用を主に決断する.なかでも新品種導入に積極的な農家は,それ以外に個人的な強い紐帯を農協や果樹試験場,地元種苗商と築いていた.一方,個人販売を主たる出荷形態とする農家は知名度のある品種を栽培し,贈答用の果実の販売を重視していることから,知名度の低い新品種の栽培には消極的であった.
農協は開発時には「うまいくだもの推進事業」の参加組織として,採用段階では品種の普及および生産された新品種の販売を担う.このように開発から採用,販売に至る一連の段階に関与する農協の信頼は大きく,新品種の開発および採用の両段階において重要な役割を果たしている.
以上から,果樹生産地域における品種イノベーションの構造の特徴は2番手以降の産地で農協を中心に多くの情報が開発段階や採用段階で交換されていることが明らかとなった.農協は卸売市場と大量の取引を実施することから,須高地域においては産地形成の最重要主体となっている.リンゴやブドウの知名度が青森県や山梨県に劣るとみなされる長野県の産地は新品種の開発と早期産地化により,厳しい産地競争のなかで存続を図っている.