日本地理学会発表要旨集
2015年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1207
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発表要旨
日本列島における大規模地すべりの包括的ウェルネス
*目代 邦康
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抄録

1. はじめに
日本列島に暮らす人々は,様々な規模の斜面変動の影響を受けている.特に大規模地すべり(large-scale landslide)は,斜面形状や表層の地層の形成に大きな影響を与え,山間地に暮らす人々の生活,生産の場をつくりだしている.大雨や地震の際には,崩壊や土石流といった斜面災害が発生し,そこに暮らす人々にとっては,生活基盤が破壊され,生命が危機にさらされる禍の原因ともなる.流域という視点で見れば,山地で生産される砂礫が,河川に流れ込み,平地の地層を形成する.さらに,地質学的な時間スケールにおける物質循環で考えれば,山地で生産された砂礫は海溝で沈み込み,付加体の地層となって,日本列島の地盤をつくっている. 大規模地すべりという斜面変動,すなわち自然の営みによって,生活の場が作られる.そして,そこから得られる様々な恵みがある.一方で,自然災害という禍もある.地すべりに限らず自然に起こる環境変動の恵と禍の双方と,どのような関係性を構築するのかが,湿潤変動帯である日本列島での暮らし方である.従来,この自然との関係性は,「自然の恵と禍」といった言葉で説明されてきたが,環境問題に関しての単純な二項対立的議論の限界やその非対称性(恵と禍は等価ではない)は,鬼頭(2009,2012)などで指摘されている

2. 包括的ウェルネス
桑子(2009)は,環境の保全治水との二項対立的議論に陥りやすい河川環境の問題について,二者択一の問いではなく,そこにどのような価値の対立がありそれを解決するにはどのような考え方が必要かを問わなければならないとしている.そして,この二者択一の問いとしないためには,包括的ウェルネスの概念が必要であると述べている.ウェルネスとは,一般的には,健康の意である.個人の身体が良好な状態をさすだけでなく,能動的に健康を作り出す生活,環境の状態をも含む.桑子の考える包括的ウェルネスとは,「自然環境と社会環境の調和を実現する地域社会の活力」である.自然の恵みを受け,禍を防ぐという自然観ではなく,恵と禍を包括的に捉え,その上で,それぞれの地域においてどのように生きていくべきか考えなければならないと主張している.

3. 大規模地すべりとのつきあい方
斜面変動の研究は,そのメカニズムを解明するという自然科学的な側面と,被害を軽減する災害科学的な側面の双方を有する.地形学を含む地球科学的な研究の成果では長期的にみれば,山地のあらゆる斜面において地すべりが発生することが分かっていて,その速度は,世界で最も速い地域である.こうした知見が集積されているなかで,人が住んでいない山地の崩壊斜面に対策工事をすることの意味は,改めて考えなければならないだろう. 現在の,砂防(erosion control),防災に対する考え方は,大半が明治以降に輸入され蓄積されたものであり,それ以降の蓄積でしかない.また,災害対応は中央集権的かつ克服可能な問題として論じられている.地域住民の災害リスクをどのように受け入れるべきかという問題も含め,無形文化としての在来知を活かし,現代の日本に適した斜面変動のとのつきあい方を再構築していく必要がある.  包括的ウェルネスという観点で日本列島の山地斜面変動を考えた場合,現在進行しつつある,人口減少社会における限界集落問題は,災害対策という問題を考える上で,重要な視点となる.中山間地域や農村部の問題は,その対局に肥大化する都市の問題も関連する.  今後は,山地における大規模地すべり地や,それに関連する現象と,日本列島に暮らす人々がどのような関わりを持ち,自然観を形成していたのかということを整理した上で,それぞれの地域に暮らす人々の生活のあり方を考えていく必要があるだろう.

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