抄録
1.はじめに
我々は最先端のマルチビーム測深技術を用いて沿岸浅海域の精密海底地形図を作成し,海底地形学および関連科学の研究を進めている。本研究では,石垣島名蔵湾にて発見された沈水カルスト域(Kan et al., 2015)で棲息するサンゴ群集の調査を行った。試錘試料を基に過去の造礁サンゴ相との対比も行った。その結果,同海域にきわめて特徴的かつ独特な生態系が存在してきたことが明らかになった。
2.方法
名蔵湾中央部の海底地形は,マルチビーム測深によって作成した1mメッシュの高精度海底地形図を用いた。これは我々の研究グループで導入したワイドバンドマルチビーム測深機R2 Sonic 2022を用いて測深を行い作成したDEMデータである。これを基に2011年11月および2014年10月~11月に潜水調査を実施した。また,2013年11月には名蔵湾中央部の水深5m地点にて掘削深60mのボーリングコアを採取した。
3.名蔵湾サンゴ群集の特徴と成立条件
名蔵湾は従来,赤土の流入が著しく造礁サンゴの被度が低い海域と認識されていた(環境省自然環境局 2002)。しかし,我々の潜水調査では大規模な現生サンゴ群集が湾内各所で認められた。サンゴ群集は沈水カルスト域のスケールの大きな凹地形(径200~500m, 比高20~30m)に応じた三次元的な広がりをもち,特に水深10m以深で大規模な群集が認められる。
名蔵湾の造礁サンゴ群集は,琉球列島の外洋に面した裾礁・堡礁でみられる群集と異なる。名蔵湾中央部湾口側では,水深30m前後の凹地部に薄板状・葉状サンゴ(リュウモンサンゴ,コモンサンゴ,ハマサンゴ,センベイサンゴ,シコロサンゴなど),水深10~25mの斜面および凸地形上に枝状サンゴ(ミドリイシ,トゲサンゴなど)とクサビライシなどの単体サンゴ,水深10m以浅では極浅海域で特徴的な枝状・塊状サンゴ(ミドリイシ,ハマサンゴなど)が卓越する。湾中央部の凸地上で採取した試錘コア中で認められる化石サンゴ群集も枝状サンゴを主としており,同様な群集が過去に積み重なってきたことが明らかになった。名蔵湾は地形の起伏が大きく,生物の棲息場として多様な環境が用意されていること,波浪が弱い環境であることが,独特のサンゴ群集を成立させている一因と推察できる。
名蔵湾のサンゴ群集は空隙の多い構造をつくる。造礁サンゴの生育を妨げる細粒堆積物は,この空隙内へ堆積する。凹地には波浪も及びにくい。このような堆積物の再懸濁を防ぐ仕組みが自然にできていることも,名蔵湾に豊かなサンゴ群集が成立した一因と考えられる。空隙の多い礁構造は小型魚類など多様な生物の棲息場にもなっており,名蔵湾が生物量の豊かな海域であることが推定できる。
4.名蔵湾が示唆する沿岸浅海域の課題
人口約4万9千人(2014年)の石垣島沿岸域で未知の地形と大規模な生物群集が発見されたことは,人里に近い沿岸域であっても未だ科学的知見がきわめて少ないことを示している。沿岸浅海域は直接の開発や陸域開発の影響が及びやすい海域である。科学的探査・研究が急務であろう。。
文献: 1)Kan et al. (2015) Geomorphology, 229:112-124. 2)環境省自然環境局 (2002) http://www.coremoc.go.jp/41