日本地理学会発表要旨集
2015年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 326
会議情報

発表要旨
完新世後半の長野盆地南部における地形発達と遺跡立地
*中沢 萌
著者情報
キーワード: 微地形, 遺跡, 長野盆地, 千曲川
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
1.はじめに 沖積平野において発生した短時間の地形環境の変化は,遺跡の立地や廃絶に大きな影響を与えてきたとされる(高橋, 2003; 菊地, 2009など)。近年,考古学においても地形・地質学と連携し,層相や層厚から推測される遺跡立地当時の地形環境に考慮した研究が導入されつつある。しかし,考古学が研究対象とする調査地は限定的であり,地形環境変遷に関する言及は,遺跡の発掘調査地に留まる場合が多い。本稿では,集落遺跡の分布する長野盆地南部の千曲川氾濫原において,発掘調査中の塩崎遺跡における現地調査とボーリングデータの収集を中心に堆積環境や埋没微地形を検討するとともに,地形の変化と遺跡立地との関係性について考察を行った。 2.研究手法 縮尺1万分の1の空中写真(国土地理院1976年撮影)を用いて地形判読を行い,対象地域の微地形分類図を作成した。また,長野市篠ノ井の塩崎遺跡発掘調査現場における地層断面の観察,既存の発掘調査報告書の土層図,ボーリングデータ,試掘調査による層相の観察の結果から,考古遺跡周辺の地形環境変遷に関するデータを得た。さらに,発掘調査報告書や長野市史の記載,掘削調査における地層観察などから,土地利用変遷に関するデータを得た。これらから,102年オーダーのタイムスケールで微地形環境の変遷を捉え,各ステージの地形環境と遺跡立地との関係を考察した。 3.地形・堆積環境の変遷と遺跡地立 縄文晩期以降の長野盆地南部の千曲川氾濫原における微地形及び堆積環境の変遷と遺跡立地の変化は,以下の4ステージにまとめられる。 ステージ1(縄文時代晩期):縄文晩期は全体的にシルト~粘土が堆積し,洪水などの影響を受けず比較的湿潤な環境であった。そのような環境の中で,人々は石川地域の微高地や屋代地域の自然堤防上など高燥な環境に集落を形成した。 ステージ2(弥生時代中期~後期):千曲川南の屋代地域で現在の後背湿地まで砂の堆積が及んでいること,同じく南側の粟佐地域で古墳時代以前の旧河道の存在が認められること,千曲川北の篠ノ井地域では弥生中期頃に洪水による砂などの堆積が認められないことから,千曲川は弥生時代中期頃には現在よりも南を流れていたものと考えられる。 また,堆積物はシルトなど細粒で,洪水自体は少なかったため,水田開発や集落形成が活発になる。ところが後期になると,篠ノ井,松原,川田地域では河川氾濫による堆積が増え,集落や水田が衰退する。 ステージ3(古墳時代~平安時代前期):屋代,篠ノ井,若穂地域ではシルト~粘土の緩やかな堆積が認められ,地形面も弥生後期とほぼ同一面であることから,古墳時代は全体的に千曲川の洪水による影響を受けない安定した環境であった。そのような環境下で,自然堤防上には新たな集落が生まれるとともに,水田開発が活発化した。 ステージ4(仁和の洪水以降):888年の仁和の洪水の影響に加え,その後も篠ノ井や屋代地域の自然堤防で細砂~シルトの堆積が認められ,松原地域においても平安時代堆積物の層厚が厚くなっていることから,河川の氾濫などによる堆積がさかんであった。このように,それまで粘土質の湿潤であった地域が砂の堆積によって高燥化したことで,水田域が居住域に,居住域が畑などの生産域に変化するなどの変化があった。 4.仁和の洪水が人々の生活空間に与えた影響 以上の地形環境変遷の中でも,仁和の洪水は特異なイベントとして位置づけられる。 この洪水により,篠ノ井地域と屋代地域の広い範囲で平安砂層が認められ,これにより長野盆地の微地形環境は大きく変化した。平安砂層の等層厚線図を描くと,その最大層厚は190cmで,自然堤防と後背湿地の低いところで厚く堆積することが分かる。また自然堤防では逆級化構造を示すのに対し,後背湿地では正級化構造を示す。このことから,自然堤防側ではそれに沿って土砂がなだれ込むような堆積であったのに対し,後背湿地では自然堤防によって閉塞された環境で停滞水域となり,静かに堆積したことが分かる。篠ノ井や塩崎,更埴地域などでは,シルト~粘土の低湿な環境が,この平安砂層によって厚く砂に覆われ,現在の地形の原形が形成された。すなわち,平安砂層の堆積は,長野盆地の微地形環境をドラスティックに変える契機となったと同時に,そこに住む人々の生活空間を大きく変えたことが分かる。   小野ほか(2003) 立命館大学考古学論集, 3(1), 315-322.  高橋(2003) 古今書院, 314p. 市川ほか (2000) 長野県埋蔵文化財センター. 西山ほか(1997)長野県埋蔵文化財センター. 菊地(2009) 人文科学研究, 125, Y1-13.  海津正倫(2012):古今書院,179p. 
著者関連情報
© 2015 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top