抄録
1.はじめに
近年,全国の博物館や資料館において,古地図をデジタルデータとして保存したり,インターネットを介して公開する取り組みが盛んに行われている。また,古地図のデジタアーカイブ技術は目覚ましい向上をみせており,デジタル化を行う際の解像度は,対象とする古地図のなかに書き込まれた最小文字が確認できるレベルが一つの基準とされ,それらの多くは,おおよそ原寸で300~400dpiとなっている。こうした動向のなかで,デジタル化された古地図のより有効な保存・公開・研究のあり方を模索することが必要であると考えられる。そこで,徳島大学附属図書館が所蔵する伊能図を対象として実施されたデジタルアーカイブプロジェクトの報告を通して,高精細のデジタル画像の作製によって得られた新しい情報や蓄積から,古地図分析の可能性を模索したい。
2. 伊能図の高精細デジタル画像の作製
本プロジェクトで対象とした資料は,徳島大学附属図書館が所蔵する伊能図のうち,文化8年頃(1811年)の『豊前国沿海地図 第三』,『大日本沿海図稿(南海)参』,『大日本沿海図稿(西海)肆』,文化元年(1804年)の『沿海地図 上』の計4舗である。近世期に作成された測量図には,現地の測量点や別の地図を転写する際の参照点に,針で開けた穴を目印にして作図作業がなされていることが多い。本学が所蔵している伊能図は,その針穴を目視で確認することができるものであるが,現在所有しているデジタル画像では,針穴を把握することが困難である。この課題については,全国の伊能図や測量図についても同様であり,全国に先駆けて針穴が判別可能なデジタル化を行い,これら測量図の高度な測量・作図技術を支えた針穴に焦点をあてた伊能図のデジタル公開・研究に寄与するものを目指した。 針穴が確認できる高精細な画像を作成するために,実際の色彩を再現するライティング撮影に加えて,図の背面から光を当て,針穴が浮かび上がるように工夫した撮影方法も採用した。いずれの撮影方法でも,解像度は800dpiで実施した。
3. GISでの伊能図描画内容の把握
高精細画像の作成後,それらをGIS上に読み込み,伊能図の地名,針穴,測量線,方位線などを把握するために,データベース化の作業を進めた。『大日本沿海図稿(南海)参』における針穴の数は,地名表記や方位記号などの地図製作のレイアウトに関するものが426点,測量線上に確認できたものは7,476点で,合計で約7,900点が確認された。また針穴とは別に,1,813の地名が書き込まれていることが確認された。こうしたGISを用いて情報をデータベース化することで,今後,作成時期の異なる伊能図との比較が可能となり,伊能図作成における技術の進展や描画の違いなどを詳細に検証することができるようになると考えられる。 また,伊能図の針穴が確認できる精度で撮影されたデジタル画像と現在の地図との対応点をデータベース化した上で,解説・伊能図・現在地図との切り替えをインタラクティブに行うことができるサイトを公開する予定である。そのための基礎作業として,現在と絵図の同一地点を特定するジオリファレンス作業が必要であるが,こうしたGIS上で描画情報を整備しておくことで,作業の効率化も図られる。
4.おわりに 現在,伊能図のデジタル画像で,針穴を確認できる精度で公開されているものは少ない。本プロジェクトにおける成果が,伊能図研究の進展に寄与することを期待したい。 付記:本報告は,平成26年度 公益財団法人図書館振興財団助成事業「伊能図の超高精細画像を援用した地域学習コンテンツの作成」(助成対象事業者:徳島大学附属図書館)の成果である。