抄録
ソルバング(Solvang)は、カリフォルニア州サンタバーバラ郡、サンタイネス平野(Santa
Ynez Valley)に位置する観光都市である。人口5,000人ほどの小都市であるが、現在は訪問観光客が年間100万人を超えると称する一大観光地になっている。観光客を惹きつける主要資源は、スペイン人入植者が建設したサンタイネス・ミッションもさることながら、市中心部に集中するデンマーク様式の建物群とデンマーク風に演出された諸行事である。発表者は、2015年9月に現地を訪れ、短期間ではあるが関連文献・資料を収集するとともに都市景観の特色を観察した。十分な調査には至らなかったが、この「エスニックテーマ型観光都市」の構築過程の概略、その魅力と意味するところを考察してみたい。
ソルバングは、デンマーク系移民のコロニー(集団入植地)として1911年に創設された。初期に入植・定住した人々は宗教心の篤い人々であり、ルーテル派の牧師B.
Nordentoftを指導者として宗教と教育を軸に街づくりを進めた。集落の初期の建物の多くは通常のアメリカ的様式であったが、第二次大戦後、町の人々のルーツであるデンマークへの関心が高まり、いくつかの建物がデンマーク様式で建てられた。特に、F.
Sørensen夫妻がデンマーク旅行から帰国後、住居をデンマーク風に建て、また所有地に風車を建設して以来、デンマーク風のファサードをもつ建物が急増して、町は“a
Danish Village”の様相を呈するようになる。
この小さな「デンマーク村」が全米的な関心を引くきっかけとなったのは、ソルバングの歴史とそこで生きてきたデンマークの風習を強調したサタデイ・イブニング・ポスト紙による「リトルデンマーク」と題した1947年1月の一つの記事である。この記事は観光用宣伝として意図されたものではなかったが、牧歌的な小さなエスニックタウンのイメージは、多くの旅行者の好奇心をかきたて、ソルバングの住民たちもこの新しくつくられた国民的関心を利用して観光地化する道を選択したのである。
ソルバング市域の景観は、“Danish
Village”と呼ばれる中心市街地(ビレッジエリア)とその外の周辺地域で大きく異なり、ビレッジエリアのほとんどの建物(商業用建物が主)は木軸を強調した漆喰壁面のハーフティンバー外観、瓦葺きないし木羽葺(一部に草葺き)切妻屋根をもつ古風なデンマーク風の建築である。歩道は煉瓦舗装が基本で、街路樹、花壇、ベンチなどのストリートスケープも凝った装いをもつ。周辺地域は、ビレッジを取り囲むオープンスペースと果樹・野菜の農地、プリシマ丘陵の未開拓地、サンタイネス川河川敷、サンタイネス山地など田園的な特性を有してビレッジエリアと顕著な対照を示す。ビレッジエリアのデンマーク風建築は従来特に定まった基準に基づいたものではなかったが、1985年に建築の外観に関するデザイン条例が施行されて以来、建築審査委員会(BAR)によってすべての新改築が規制されている。
ソルバングは魅力的な街である。抜けるようなカリフォルニアの青い空に映えるオレンジ色の瓦屋根、カラフルなハーフティンバー外壁はよく整ったストリートスケープと調和して観光客に別世界に遊ぶ感覚を与える。しかし、その魅力の背後に潜む文化的本質を的確に捉える事は難しい。オーセンティシティの観点から見るとき、特に歴史的根拠をもたないワシントン州レブンワースのババリア風街並みの創出とは違って、ある程度デンマーク系移民の歴史につながるエスニシティの表出と見ることもできる。しかし、これをもって「本当に真正な」文化的発現であると言うことはできない。BARのデザインルールによれば、一つの建物の外側はデンマーク建築の基本に忠実であるということより、それがオーセンティックなスタイルと材質を保持していることが重要であるという。フェイクであるかどうかを問う必要はなく、全体がリアルに調和的に見える限り住民そして来訪客にとって「オーセンティック」なのである。Larsen(2002)によれば、ソルバングは「形においてhyper-Danish、内実においてtypically
American」であるという。ソルバングとレブンワース、そしてディズニーランドとの距離は意外に近いのかも知れない。