抄録
[背景] 国指定史跡では、遺構の確認、保存、復元、解説、整備、利活用などの短中期計画である保存管理計画が策定される。史跡保存管理計画書の史跡概観のなかで地形・地質・植生などが述べられ、地形の項では(1)遺跡立地に関わる地勢(中地形規模での位置)、次いで (2)遺構群が立地する地形(小地形規模での形状・構造、その背景として成因・形成時期)が記述される。しかし、地形学の立場からは概観にとどまることなく、保存管理に直接関わる機能をもつような地形分類図が開発され、その利用が一般化されることを目指したい。山形県内のいくつかの史跡の保存管理計画策定や災害復旧工事に関わって、防災目的の地形分類図を作成したが、その間に大雨災害が発災し、被災箇所予測が検証されたことがあった。これらにもとづいて傾斜地の史跡の保存管理計画における地形分類図の意義とその限界や課題を述べる。
[傾斜地の史跡の保存管理計画のための地形分類図の分類要素と縮尺] 傾斜地の史跡とは、丘陵頂部と斜面を改変した中世山城、山地・丘陵地の開析谷の斜面や谷底面を利用した寺院境内地などであり、史跡によって要求される地形分類要素・表現縮尺・地形変化予測・入手できる基図が異なっているが、経験的に、
1) 表現すべき地形分類要素は、集水型斜面範囲、崖錐、谷底面、水路、盛土造成地、変状微地形(地すべり割れ目、断層小崖)などである。その上で史跡保全において最も頻度の高い風水害による危険箇所を付記するのがよいと思われる。
2) 基図縮尺は1/10,000以上、できれば1/2,000(等高線間隔1m)が有効である。5m格子標高から作成した等高線間隔2~0.5m等高線図は写真・レーザー測量の1/2000実測図に比べて谷型斜面の表現が甘いが、一応役に立つ。
3) 崩落が切迫した浮き石・岩屑、氾濫しやすい渓岸、水衝部などは個別の評価が必要であり、通常の地形分類図では表現できない。
4) 集水型斜面は、強雨時にその内部や上端から崩壊が起きやすく、広い集水型斜面の下端で土石流通過・堆積や洗掘が起きる。一般的に一定の強雨に際して崩壊が発生した斜面とそうでなかった斜面の違いが説明困難であるが、2014.7広島豪雨のような例もあるから集水型斜面を抽出しておくことでよいのではないかと思われる。
5) 盛土造成地の地震被害は、2011.3東北地方太平洋沖地震によって仙台地区の丘陵造成地で4,500ケ所の危険宅地が生じた例、石垣が崩壊した福島県白河市小峰城では丘陵谷埋めの造成地(約400年前)があること、この地震に関わらないが山形市山寺立石寺の大正天皇行在所の土台のゆるみは谷埋め部分であったなど、史跡内の切り盛り造成地を認識しておくことは必要であろう。
[例示する地形分類図]
1) 山形県大江町左沢楯山城:中世末の山城であり丘陵地を切り盛り整形した段状の地形(帯曲輪など)である。発災前の1/5000地形図を基図とし、集水型斜面範囲と聞き取りによって崩壊がよく起きる箇所を図示していた予測図は一応の目的を達した。しかし30×40mの地すべり(延長80mの土石流が生じた)は昭和中期の谷埋め盛り土であることを見落としていた。別地点の小範囲のレーサ゛ー測量図は発掘調査によって、急斜面頭部の小さな地すべり単位と基岩構造(裂罅は幅1-2cm,深さ2m程度)の対応、地割れ位置が風化土塊と基岩の境界であることが確かめられた。
2) 寒河江市慈恩寺:一山の3院48坊は丘陵斜面を整形した段状の地形と河岸段丘面に配置されていた。一部の堂跡は地すべり型凹地形を整形している。1/10,000図(等高線間隔10m)を基図として水の集まる箇所を予測しておりH25.7大雨で検証された。その後1/2,000図(等高線間隔1m)によって、集水型斜面と盛り土地盤想定範囲を表現した。
3) 山形市立石寺:中新世の凝灰岩類からなる山地の古い大きな地すべり地形の滑落崖とその開析谷に一山堂宇が配置されていることを1/5000基図で表現できるが、防災上要求されるのは滑落崖のなかの個々の裂罅や浮き石の不安定度、盛り土の評価である。
4) 米沢市館山城跡:狭い段丘面状の丘頂先端を堀切で区画し、石垣をもつ山城である。背後の明瞭な地すべり地形、集水型斜面が1/2000基図(1m間隔等高線図)で表現できる。
5) 上山市羽州街道金山越え:渓流に沿う最大高さ2m程度の街道ではH25.7大雨で渓岸侵食、路面損傷などを生じ、延230mの渓岸の修復工事を要した。水衝部、渓床で土石の堆積・氾濫しやすいところなどを表現するには1/5000基図では概念的、工事用1/1000でも読図できず現地で個別の評価が必要である。