抄録
1. はじめに 大規模都市域は、地球温暖化と都市ヒートアイランド現象による温暖化により、すでに現時点で高温環境下にある。今後さらなる高温化のリスクがある。関東地方の高温現象は、太平洋高気圧の張り出しが、主要な要因であると考えられる。一方で、黒潮の蛇行などによる海面水温(SST)の変化など、海からの影響も考えられるが、その影響はほとんど評価されていない。これまでの中緯度の研究では、SSTは大気から海洋の影響が大きく、海洋から大気への影響は限定的であるとされていた。本研究では、関東域の地上気温の年々変動に、SSTがどれだけ影響しているかを定量的に調査することを目的とする。
2. 使用したデータおよび実験設定 本研究では、領域気候モデルとしてAdvanced Research Weather Research and Forecasting (WRF) V3.4.1を用いる。2つの双方向にネスティングした計算領域を設定した。内部の計算領域は、図の範囲であり空間解像度は4 kmである。外部の計算領域は日本域を概ねカバーし、16 kmの解像度で計算した。初期値および側面境界値にはERA-interimを用いた。SSTはNOAAのOISSTの月平均値を与えた。1982年から2012 年の31年について、各年の7月8月を対象に再現実験(CTL)を行った。さらにCTL実験に対してSSTのみをOISSTの気候値に変更した感度実験(CLIM)を実施し、2つの実験の差からSSTの感度を評価した。仮想的に年々変動のないSSTを用いてシミュレーションをすることで、SSTの影響を取り出すことができる。
3. 結果と議論 CTL実験で再現された結果を関東における数地点のAMeDASデータの月平均した地上気温と比較した結果、CTLは観測値の年々変動をよく再現していた。各年の8月の関東南海上における月平均SSTの平年差と、地上気温の感度は、基本的に同符号であった。ここで、感度は、各年のCTLとCLIMの差によって定義した。 CTLとCLIMの8月の関東における地上気温の年々変動の分散を比較することで、SSTが地上気温の年々変動の約3割を説明していることが分かった。関東の南海上のSSTが1℃上がると、関東の地上気温は約0.4℃上昇していた。また、この地上気温の上昇は夜間に顕著であった。今回の実験のSST変化による地上気温への影響について次のように考察した。地上気温の上昇と対応して、地表面での下向きの長波放射量が増加していた。長波放射量の変化は、一般的に、地上付近の気温と大気全体の水蒸気量により説明できる。 SSTの変化に伴う、顕熱フラックスの変化は小さく、潜熱フラックスの変化は顕著であった。また、SSTの上昇時に、水蒸気量も増加し、関東地方まで輸送されていた。長波放射量の増加の約半分が水蒸気量の増加により説明できることが分かった。よって、SST上昇に伴う、地域規模の水蒸気温室効果の強化の重要性が示唆された。 今後は、気温の極値や降水特性などの変化も含めて評価する予定である。