日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 109
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発表要旨
日常的な諸活動にみる精神障害者の社会的包摂
「ケア空間」の活用に注目して
*三浦 尚子
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抄録

1.問題の所在
   現在の社会政策は,社会経済構造の変容に伴って生じた諸問題の解決を「社会的包摂social inclusion」に希求している。政策立案にかかわる宮本(2013)によれば,社会的包摂とは,排除された人々の単なる保護ではなく,その社会参加と経済的自立の実現を重視する概念である。ただし宮本の推奨する社会的包摂は,市場労働を意味する雇用を中心に,家族,教育等を周辺に位置づけており,雇用中心の政策基調であることに変わりはない。
  しかしアーレント(2015)の『活動的生』に依拠すれば,労働は人間の根本活動の一つであり,ほかの根本活動である制作や行為(活動)に対して優位な概念ではない。むしろ,人間の複数性を前提とし言論と不可分である行為(活動)にこそ,最も価値の高い活動力とする。
そこで本発表では,「地域」で生活する精神障害者の日常的な諸活動を通して展開される社会的包摂の過程を,当事者の「ケア空間」(三浦2016)の活用に注目して検討する。研究対象は,東京都R自治体の精神障害者通過型グループホームを利用し,「ケア空間」の形成に一役を担った元入居者17名とする。障害の程度は,障害支援区分認定調査で区分2から区分3と判定された者が多い。確定診断は統合失調症が最も多く,次に(大)うつ病,アスペルガー障害,認知症,境界例パーソナリティ障害,薬物依存,てんかん等が挙げられる。東京都R自治体は,精神保健福祉の先進事例地域である。調査方法は,非構造化インタビュー調査と参与観察を併用し,期間は2015年12月から断続的に実施した。
2. 被調査者の日常的な諸活動を通じた「ケア空間」の形成  
調査の結果,被調査者の日中の活動先としては作業所が目立ち,「地域生活」が「病院の外の場全般ではなく,作業所だとかそんな場」(立岩2013)であることが示された。被調査者の語りによれば,「なんちゃってB」(三浦2013)を自称し,居場所的な役割を果たしてきた作業所では,職員の人事異動に伴い「ケア空間」の揺らぎが見られた。長期の通所者は就労と結婚を機にほぼ通所しない選択をしたが,まだ体力や精神力の面で不安を抱え他の作業所に活動の場を移せない者は,むしろ作業所内で「ケア空間」の復活を試み,他機関への相談等,孤軍奮闘している様子が見受けられた。また,別の作業所にて職員とのトラブルにより退所を余儀なくされた被調査者は,日中の活動先を失い「朝も昼もプラプラする」ことへの悲嘆と憤怒の表情を見せたが,衝動性を自制しその場にいた者との「ケア空間」が壊れないよう配慮していた。
作業所以外にも,自宅近隣の店舗で店員に友人となるよう依頼する者や,アルバイト就労先で統合失調症と伝え,疾病や障害への理解を上司や同僚に求めながら勤務する者がいた。また一人で自宅にいるとうつ状態に陥る者は,通過型グループホームに日参して現入居者に食事を作る等自らケアする立場に立つことで,耐え凌いでいた。
  公的なサービス事業の利用のほか,ボランティア活動と専門学校通学で週7日すべてに日中の活動先があった事例は,自傷行為抑制のため被調査者自らが計画した生活スタイルであり,ケアする/される立場のバランスを取りながら,「地域で暮らす楽しみ」を見出していた。  被調査者は,個々別々の方法ではあるが,精神的な安定と居心地の良い場所の獲得に向け,当事者活動の一環として「ケア空間」の形成が試されている点が明らかとなった。
3. 雇用から活動中心の社会的包摂の実現に向けて
  本調査で得られた知見は,以下の通りである。(1)被調査者は,精神的に安定している場合はその維持のためにかなり活動的であったが,活動内容は労働に限定されず多種多様であった。(2)被調査者の活動には居場所の獲得が含意されており,通過型グループホームの経験を生かして専門の施設以外でも「ケア空間」の形成が試されていた。(3)活動先の「ケア空間」が脆弱化したとしても,東京都R自治体のメンタルヘルスケアのネットワークが機能して,(1),(2)の実現を後援していた。
文献
アーレント,H.著,森 一郎訳2015.『活動的生』みすず書房.
立岩真也2013.『造反有理-精神医療現代史へ』青土社.
三浦尚子2013.障害者自立支援法への抵抗戦略-東京都U区の精神障害者旧共同作業所を事例として.地理学評論86:65-77.
三浦尚子2016.精神障害者の地域ケアにおける通過型グループホームの役割-「ケア空間」の形成に注目して.人文地理68:1-21.
宮本太郎2013.『社会的包摂の政治学-自立と承認をめぐる政治対抗』ミネルヴァ書房.

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© 2016 公益社団法人 日本地理学会
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