抄録
Ⅰ はじめに 改革開放以降,特に1990年代初頭から,市場経済の導入が全国範囲へと広がり,中国都市でも,経済・社会の諸面において大きな変容を伴う転換期を迎えている.1990年代後半から,住宅の商品化が推進され,都市外縁部で単一機能の住宅地が大量に開発されてきた.そのような郊外住宅地へ転入した住民はどのような人であり,どのような居住歴で郊外にたどり着いたのか,また,彼らが郊外に定住することによって,どのような生活に関わる問題が起こりうるのか等の問題は,自然に研究課題になってきている.そこで,本発表では,アンケート調査の結果を用いて,ライフコース分析を通じて,日本における大都市圏の郊外の形成と比較しながら,上記の諸問題への回答を検討してみたい. Ⅱ 研究方法 都市経済の成長や大都市における産業構造の変化等によって,中国の大都市においても求人の需要が大幅に増加し,地方から大都市への若年層の人口移動が顕著に見られる.住宅価格の高騰の下で,新しく大量に開発された郊外住宅地が彼らの受け皿になることが推測される.このような郊外移住者の年齢層を推測してみると,概ね1970-1985年生まれであることが分かる.中国の独特な時代背景の流れのなかで,彼らの卒業,結婚等のライフイベントにあたるタイミングにおいて,住宅政策,産業構造,団地の開発など社会経済の各面での変化が起こり,彼らはその上の世代と異なり,初めて個人や家族の需要によって住宅を選択することができた.斯くして,郊外の形成は初めてその住民のライフコースに関連するようになった. それ故,中国都市における郊外住民はどのような人たちなのか,どのような居住歴で郊外にたどり着いたのか等の問題を考察するために,ライフコース分析は有効であると考えられる.中国における人口統計から上記のような情報を全て得ることが難しいため,2016年3月において,報告者は北京市昌平区回龍観住宅団地においてアンケート調査を実施した. Ⅲ 郊外住民のライフコース アンケートの結果によって,まず,郊外住宅団地の住民の構成として,1975-1985年生まれで,地方出身,高学歴,専門技術職の人が多いことが分かった.それらの地方出身者の上京のきっかけは,進学が一番多く,北京に転入してから,都心近くの賃貸住宅から郊外にある集合住宅の持ち家への移住という傾向も,彼らの居住歴のなかに現れている.また,「単位制」の下での職住近接のライフスタイルと異なり,郊外に転入してきた人々には長距離通勤も一般的に見られてきている. 以上,住民のライフコースから見た中国都市における郊外の形成は,高度成長期の日本の経験と類似すると言える.しかし,日本における大都市の郊外で見られる核家族が多い,専業主婦の割合が高いといった特徴は,中国では見られていない.中国では,夫婦ともフルタイム就業が一般的であるため,子育て支援を得るために,高齢者である祖父母世代との同居も多く見られる. Ⅳ 今後の課題 上記のように,郊外への移住者は地方出身者が多く,中国特有の戸籍制度の下で,彼らと同居している高齢者の親世代のほとんどは北京市戸籍を持っておらず,医療サービスの受給等といった生活をめぐる問題の発生も考えられる.また,初めて職住分離を経験する郊外住民のライフスタイルの変化も今後の課題であると言えよう.