抄録
1. はじめに
与論島は隆起サンゴ礁からなる陸域の石灰岩ならびに沿岸域を縁取る現世のサンゴ礁で形作られたまさにサンゴ礁島嶼である.民俗文化に根ざした特有の世界観(堀,1979など)がみられ,サンゴや亜熱帯気候とともに訪問者に対し異彩を放っている.
本研究は与論島民の空間認識に焦点を合わせ,方言名称や土地利用等に関する調査にもとづいて,島民が空間をどう捉えているかを明らかにすることを目的としている.さらに,与論島民の世界観と呼びうるこうした地誌学的考察の成果にもとづき,今後の与論島の地域再生につながる視点を提示することをめざす.
2. 土地利用・地下水・サンゴ礁保全
与論島の耕地面積の半分を占めるサトウキビ(520.5ha;平成24年3月末)が依然基幹作物であり,陸域の景観を支配している.「東洋の海に輝く一個の真珠」と与論島が評される由縁である百合ヶ浜をはじめとするサンゴ礁の生態系にとっては,島内で約5千頭の牛が飼育されている畜産業ならびに4割ほどという合併浄化槽の低普及率に起因すると考えられる水中の栄養塩の増加が問題となっている.地下水と海水の関連を明らかにするため実施されている農学系の井戸の水質調査の成果を活かし,断層や段丘,地質ブロックといった地形地質との関わりを指摘することはもとより,島民の地下水についての環境観を組み入れることでさらに理解を深められる.
3. 島唄に歌われる世界観
心の内の空間がうたわれる島唄について,島内随一の名手である池田直峰氏に聞き取り調査を行った.観光PRにも活用されている民謡「サトゥガーアディク」は,ヤユウアシビ(夜の遊び)として何万も作られた歌遊びのうち代々受け継がれてきた歌詞で構成され,古い記憶が入っている.若い男女の出会いの場だけに恋愛に関する歌詞もみられるものの,労働訓や生活訓が盛り込まれることが多く,かつて野垂れ死にが多く生活が苦しかった与論の状況を反映しているという.文字通りの意味とともに裏の意味があることを特徴とする.500番に近い歌詞が自費出版によって活字として残されているが,池田氏によれば3千番ほど存在したそうだ.民俗文化の有効な資料として活用すべき素材だが,60代という池田氏の年齢や後継者の不在を考慮すると早急に取り組む必要がある.
4. 地域活性化へ向けて
鹿児島大学に所属する一員としてまた元々鹿児島県出身の者として耳が痛かったのは,与論島の悲劇は鹿児島県に属することとの指摘である.地域振興や環境施策などの面で,本土と島嶼域に分けられない沖縄県の方が進んでいるのが理由であり,当然文化的な近さも背景にあろう.歴史的要因もあって鹿児島県の最南端に位置している与論島を研究対象にできている立場からすれば,もはや本土には残っていないような自然観(自然に感謝するハート)を丹念に描いておくのが使命といえる.神事を通じて感謝を述べる信仰は,かつて日本中にあったが奄美・沖縄に残るのみである.学者とは違って,生活者の視点から民俗行事に関心を抱き関わっている某郷土研究家は,ボトムアップの与論学を構想している.
人は人に会いに来る,人が人を呼ぶという観光の本質に鑑みれば,与論の人々こそが一番の資源である.サンゴ礁島嶼の観点では,琉球列島のサンゴ礁地形および造礁サンゴがコンパクトに美しくまとまった有り様こそが,与論島の魅力であり,だからこそ嘗てヨロンブームが訪れたのである.島民の方々との協働を通して,世界遺産とは異なる地域再生・活性化への道筋を描き出せればとの思いを新たにした.
5. おわりに
現地調査そのものや地域コミュニティでの成果報告会をまだ十分に実施できていない現状であるが,今回の知見を踏まえつつ,伝統的な有り様(堀,1979)からの時代的変貌,また生業・世代や集落の違いによって島民の空間認識さらに世界観に相違がみられるのかどうかについて今後アプローチしていきたい.そのように展開することで,広範でより地元に根ざした地域再生への意義を指摘しうると考える.
本研究の遂行には,地(知)の拠点事業:火山と島嶼を有する鹿児島の地域再生プログラム(鹿児島大学)の平成27年度地域志向教育研究経費を使用した.