抄録
本研究は、地域住民の常識知の構造を検証し、これらを生かした持続的な生活環境の形成の可能性を考えることを目的として行う。ここでは、茨城県東茨城郡大洗町における高潮対策事業への磯浜地区住民の対応を例とする。
大洗町を含む東日本大震災津波被災地では全般に、災害復旧事業が環境影響評価法の適用除外を受けて行えるなどの理由から、地域環境条件の関係者間における共通理解やこれを踏まえた合意形成が十分でないまま、同法に位置づけられる「原形復旧」とは考え難い、原形の規模を大きく上回る防潮堤等の建設が行われている。
しかし、大洗町磯浜地区では、茨城県が計画した高潮対策事業による護岸嵩上げの防災、生業や生活文化への影響の想定に基づき、計画の取り下げを求める意見書を一住民が作成し、同じ町内会に加入する人々の間で賛意が集められ、意見書を県へ提出して事業が一時的に停止されるに至っている。これは、上記のような災害復旧事業が進む津波被災地全般において、少数例と見なせる。
本研究では、この例に見られる、非常時の災害対策から平時の生活と生業までをめぐる当地の生活者の常識知の構造を検証し、ここから得られる知見や技術を持続的な生活環境の形成に生かすことにどのような意義があり、どのような方法をとり得るかについて検討を試みる。