日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 504
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要旨
北陸地方における農業の存続・成長戦略
*田林 明菊地 俊夫
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抄録



研究の課題  現代の日本では、農業の本来の機能である食料生産をいかに存続させ、持続的に発展させるかが重要な課題となっている。この報告では、水稲作が卓越する北陸地方において存続・成長の可能性の高い農業経営事例を取り上げ、その特徴と役割を検討する。北陸地方の農業の担い手に関しては、認定農業者で示される個別の専業的農家あるいは農業生産法人によって特徴づけられる新潟県と石川県、集落営農によって特徴づけられる富山県と福井県に整理することができる。そこで、認定農業者の事例として、新潟県上越市と石川県金沢市の大規模借地型経営を、集落営農の事例として、富山県入善町の法人化された集落営農組織を取り上げる。
北陸地方における大規模借地型経営の発展  新潟県上越市の有限会社Nファームは、37.31haの経営耕地面積をもつ。経営主と2人の常勤、1人の女性パートがほとんどの農作業を行う。16.2ha分が酒米であり、地元の農業協同組合を通じて酒造会社と契約栽培を行っている。12ha分が生産調整用の飼料米と米粉用で、残りの9.11ha分が食用米として消費者に直接販売される。Nファームは周辺の7つの集落の40戸の農家から借地をして、地域農業を維持している。
   新潟県上越市のH農事組合法人は3戸5人の組合員からなり、8人の常勤と2人のパートによって、100.02haの耕地を経営している。水稲の作付面積が95.12ha(食用米51.6ha、加工用もち米27.54ha、酒米15.98ha)で、そのほかに大豆3.21ha、野菜ほか1.69haがある。米の自主販売をするために子会社として株式会社K商事を設立し(常勤2人)、さらに2013年に買収した有限会社Aフーズ(常勤1人、パート8人)でおしずしを加工・販売している。H農事組合法人は立地するR集落と隣接する3つの集落を中心として65戸から借地をしており、地域の農業と社会の維持のために重要な役割を果たしている。
   金沢市の北部のK農業は、金沢市および輪島市の188haの耕地で水稲30ha、有機大豆155ha、有機小麦・大豆112haを栽培するK農家と、珠洲市と能都町の12.5haの耕地で有機栽培による米、大豆、ジャガイモなどを生産し、民宿も経営する株式会社A農業、そしてそれらの農産物を販売、加工・販売する株式会社K社の3つの組織から構成されている。K農家は河北潟干拓地や輪島市の山間部の耕作放棄地を再開墾して経営規模を広げた。常勤は3組織全体で43人であり、年商5億円におよぶ。K農業は地域農業と社会の維持のみならず耕作放棄地の再開墾、雇用創出、新しいアグリビジネスの魅力を発信するなどの役割を果たしている。
北陸地方における集落営農の組織化・法人化  富山県入善町F集落のHi農事組合法人は、大正期の耕地整理による耕地を、2005年度から2010年度にかけて圃場整備した際に設立された集落営農組織である。64人の組合員によって57haの耕地が一括して経営されている。専従者はいなく、すべての作業が組合員の出役によって維持されている。水稲と大麦、大豆の栽培によって、組合員は平均で25万円ほどの地代と20万円程度の労賃を得ている。以前はそれぞれの農家が自己完結的に農業を行い、実質的に赤字経営であったが、集落営農によって恒常的勤務を継続しながら少しは収益を得て、農業・農地を維持することができるようになった。
北陸地方における農業の発展・存続戦略   3つの大規模借地型経営は、利潤を追求するとともに、農地活用・管理のみならず、地域社会の維持、雇用創出といった役割を果たしている。それぞれは、大規模化とともに多角経営化という方向に進んできている。今後、ますます生産物を多様化し、加工・流通部門も加えて、規模拡大を進めるものと考えられる。しかし、すべての地域の農業がこれらの企業的経営によって維持されるのは困難であり、利潤追求というよりも一定水準の農業を継続し、農地を管理し、地域社会を持続させていこうとする集落営農が、大規模借地型経営の隙間を埋めるように機能していくと考えられる。

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