日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1302
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要旨
キッチン・ガーデンの審美学
ーーー18世紀後半から20世紀の英国の事例を中心にーーー
*橘 セツ
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抄録
ガーデニングという行為は、多様な思想が言説や表象として表現される媒体であると同時に、庭園は人間が植物を栽培し審美的にデザインし管理することを通じて自然へ働きかける実践である。ガーデニングは、薬草、野菜、果樹など人間の生活に役立つ薬や食料を生産するという有益な側面をもつ。表題のキッチン・ガーデンとは、基本的には自給(自家消費)のため食料を生産する庭園のことである。本研究では、英国を中心に18世紀から20世紀にわたる庭園の歴史的な変遷のなかで、生産的なガーデニングを審美的な枠組みから考察する。本発表で扱う資料は、同時代の雑誌やガーデニング・マニュアルに描かれる図像や文字資料・文化遺産として近年復元されたキッチン・ガーデンの運用などである。本研究では、次の3つの側面について、時代の変遷に考慮しながらガーデニングの生産性と審美学について考察する:(1)キッチン・ガーデンは自然と人文的景観の結節点であり、温室などの人工的技術の発展を通じて科学技術の実験場であった。(2)キッチン・ガーデンのスケールは、大きなエステートから小さなコテージ・ガーデンまで多様である。貴族や地主の地所のキッチン・ガーデンはおおむね1エーカー以上の規模で、家畜も飼育され、基本的には地主の家族と住み込みで雇用される地所の人びとが消費する食料を賄った。いっぽう、18世紀の末には、労働者の自助による救貧(経済活動・生活向上)のために小規模なコテージ・ガーデンやアロットメントを増産しようという社会思想・運動・政策が試みられた(Bernard, 1797など)。同時にコテージ・ガーデンはピクチャレスクとして美的に描かれる対象ともなった。(3)近代の家庭(ホーム)の主婦が営む家庭菜園は、しばしば幸福の象徴として家庭化された景観(domesticated landscape)として美的に、同時にジェンダー化され、政治的に描かれた(Page and Smith, 2011)。また、この(1)(2)(3)の側面について、20世紀の2つの世界大戦を契機に、とくに第2次世界大戦のDig for Victoryキャンペーンなどを通じて、どのようにガーデニングの生産性と審美学が変容したのかについても注目する。
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© 2016 公益社団法人 日本地理学会
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